第41話
返ってきたのはたった一言で、でも考えようによっては深刻な一言だった。
「お母さん」
悲しそうな目で言ったのはその一言だった。
「お母さんは一番じゃなかったら怒っちゃいそうって思って怖いのかな?」
なんとも言えない顔をしながらゆっくりと、言葉を発した。
「怒っちゃいそう、じゃなくて、怒られちゃう。僕が、一番じゃないと、僕が、いい子じゃないと」
「亮太さんは毎日頑張ってるしお友達にも優しいしとってもいい子だよ。それでもお母さんは怒っちゃうのかな?」
「……うん。だって、僕は障害者だから、お母さんにいっぱい迷惑かけてるから。だからお兄ちゃんみたいに勉強も運動もできなきゃ、いい子にしてなきゃだめなの」
その言葉で心が固まった。
障害者だから。自分で分かって自分で遠慮しているような言い方ではない。
ということは、それをこんなに染みつくまで言い続けた人がいるということだ。
いい子にしてなきゃ。その言葉もかなり危ない。いい子にしていなければ自分は怒られるとこの子は今思っている。成績も良くなければ、運動もできなければ。
そうでなければ怒られる。
ただ生きているだけで愛されていて欲しいのに今この子はそうではない。
冷たい汗をかきながら、それを顔に出さないようにして聞いた。
「亮太さんはお母さんに怒られちゃったことがあるのかな?」
涙目になりながら頷く。それを思い出しただけで泣くようなことなんて、そんなの。
「言いたくなかったら言わなくてもいいよ。お母さんになんて言われたのかな、何をされて辛かったのかな」
「お兄ちゃんに比べて、僕が障害者だから、お母さんが、いっぱい苦労したって。僕のこと、産まなきゃよかったって。
だから、僕いい子で、いないと、いけないの。サッカーでも、失敗した日は、おなか、叩かれるの。お兄ちゃんも、僕のこと、いじめるの」
小さく、縮こまった体で言葉をなんとか出しているようだった。その時のことを思い出したように。
当たりたくない予感が当たってしまって内心頭を抱えたくなった。
「産まなきゃよかった」
ーーその言葉が刺さらないほど子どもではない。
自分がこの家にいなければ良かったと、大好きなはずの自分の親から言われる。兄からもいじめられる。
暴言に暴力。この子の言うことが全て本当なら、完全に虐待だ。嘘であって欲しい。でもこの子はそんな嘘で人をおとしめたりしない。
「お父さんは何か言うのかな?」
ううん、と言った亮太君は小さな声でお父さん、おうちにいないから、東京で働いてるから、と答えた。
それならこの子の家にこの子が休める場所はない。
運動会まであと三日。どうすればいい、どうすればいい。お母さんと亮太君を直接児童相談所に、
「先生、お母さんには言わないで。僕が悪いの。お母さん、なんにも悪くないから」
その言葉で胸が痛む。
「亮太君は何も悪くない。先生は絶対に亮太君は悪くないと思ってるよ」
その言葉で、亮太君は机で頭を抱えて泣き出してしまった。
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