第40話
「どうしたの? ちょっと辛そうに見えるんだけど、亮太さん最近調子が悪いのかな? 先生の勘違いなら良いんだけど」
運動会もあと三日になった日の休み時間に声をかけた。
その問いかけに亮太君は下を向く。唇を噛んで何か言いたいのを我慢しているような顔をする。
何かあったのは確実だろう。それでもその何かに全く見覚えがない。
これまでの時間、練習にも真面目に取り組んでいたしそれ以外の授業だってまじめに受けて、初めてのひらがなのテストも計算のテストも満点を取っていた。
この子が辛い思いをする事なんてあっただろうか。休み時間もいつもと同じように友達の輪には入れていたはずなのに。
しばらく待ってみても亮太君は何も答えなかった。
「悩み事があるのかな?」
そう聞くと少しだけ、ほんの少しだけ頷く。
「今お話しするのはできそうかな、放課後の方が良い?」
それでまた亮太君は黙ってしまった。
言葉は発したくないようだった。それを感じ取ってゆっくりもう一度聞く。
「お話したいのは今かな? それとも放課後? それかちょっと先生には話したくないかな?」
その質問に「放課後」のところで頷いた。
放課後、それは他の誰にも聞かれたくないようなことだということ。友達関係には特に心配な点は見当たらない。
これは勝手な見立てだが元々そんなに見栄を張るようなタイプでもなさそうに見えるから心配事を話したくないだけのようには思えない。
その日の授業もいつもと変わることなく進んでいって放課後になった。
皆が帰り支度を進める中で、「亮太君帰らないのー?」と美咲ちゃんから声をかけられた亮太君が固まる。
「ごめんね、先生亮太さんに頼み事したくってちょっとだけ時間もらったんだ。だから心配しなくても大丈夫だよ、ありがとう美咲さん」
そう言うと亮太君が少し安心した顔でほっと息をついたのが分かって、美咲ちゃんも「じゃあね亮太君」と言って出て行った。
教室に二人きりになる。誰もいなくなって、戻ってこないのをしばらく確認する。
廊下を誰も歩かなくなったあたりで亮太君が小さく「先生」と声をかけてきた。
「亮太さん、お話できそう?」頷いたその子は不安そうな顔をしていて、何がそんなにこの子を追い詰めているのだろう、と一層心配になる。
目線を合わせた美菜実に言いにくそうにしながら亮太君は口にした。
「先生、僕、運動会の五十メートル走一番じゃなかったらどうしよう」自分の服の裾をきゅっと掴んで言った。
「亮太さんは走るのが好きなんだもんね。一番じゃなくなったらって不安になっちゃったかな?」
なんとも言えない顔で言葉が止まった。どうやらそれだけではないらしい。
「一番じゃなかった時に何が怖い?」そう聞くと返ってきたのは予想外の言葉だった。
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