第32話

皆が皆思っていたことを打ち明けた。二時間目の授業の時間から、やっと、改めて一年生がスタートした。


「秋葉先生教科書忘れました」


「恵さん教科書忘れちゃったんだね、分かったよ。今日はここにあるの使って良いから、明日からは持ってこようね」


「はーい、先生ありがとうございます」


「ありがとうって言ってくれて嬉しいよ、恵さんありがとう」



「せんせーい、俺ノートじゃなくてドリルで練習したいです」


「聡さん、じゃあドリルで練習してみようか。このままだと多分お手本が見えなくなっちゃうから、姿勢をまっすぐ、右手で書いてたときと同じようにできるかな? 


そうそう。そのままで練習してみようか。そのままで字が書けるようになるとお手本も見えるし姿勢もかっこいいよ」



「はーい、先生これでいい?」


「いいね、聡さんその姿勢だとかっこいいよ。そのまま書けるようにしばらく頑張ってみようか。先生が見て姿勢が傾いてたら教えても良いかな?」


「うん、先生よろしくお願いします」


「先生、楓ちゃんが先生に話したいことあるって」


「美咲さんありがとう、楓さんどうしたかな?」


手元の紙にはたまに鏡文字になった字で「このきょうかしょまだよめません むずかしいです ゆっくりでもいいですか」と書いてあった。


ご家族からもコミュニケーションのツールとして文字の練習をしていることは聞いていたが、ここまで書けるとは思っていなかった。


「教えてくれてありがとう。ゆっくりで大丈夫だよ、時間をゆっくり取るし、楓さんが読むときは短い文章にするね。それで大丈夫そう?」


こくん、と頷いたその子を見て安心して教室の真ん中に戻った。


「秋葉先生、教科書机の中にあった。これいらない、ありがとう」


「そっか、じゃあ自分のを使おうね。今度は忘れちゃったと思った時に先生が一回一緒に机の中見ても良いかな?」


「はーい」と席に戻っていく恵ちゃんを見て授業を始めた。




ようやく皆のことを見て、一緒に同じ方向を見ていられている気がした。


ここからもう一度、始めよう。


もう一度私はやり直させてもらえる機会を皆からもらえたんだ。皆のおかげでまだ私は先生でいられる。


先生でいるって、教職資格を取って担任をすることじゃない。皆についてきてもらえて初めて先生でいられるんだ。


その日の授業はできる限り同じ目線で話すように気をつけて一日が過ぎた。


六人に寄り添う一日は最初の身勝手だった頃とは疲れも全く違った。


それでも、やっと先生になれたんだと思えて幸せだった。

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