第29話

「先生、娘をほだして学校に無理矢理連れてこようとしないでください。先ほどの話では障害を個性として見られるようにするとのことでしたね。


そんなことが本当にできると思っていらっしゃるんですか。この子は発達障害と診断を受けた子です。


先生は医学的な知見から物を述べることはできないはずですが、発達障害は治らないと言うことはさすがにご存じですよね? 


この子は一生障害と付き合っていかねばならない子なんです。人よりも苦労することがもう分かっている子なんです。


だからこそ支援を必要としてここに来たんです。それに関してどう思っていらっしゃるんでしょうか」



その言葉で美咲ちゃんが下を向いた。自分より一回りも二回りも小さなその顔は見えない。


でも、私が美咲ちゃんだったら。同じ目線で、物を見たら。あたかも「自分はかわいそうな障害者」なんだから守られて当然だと、言われたら。


そう言われているのが分からないほどこの子は子どもじゃない。最近痛いほど知った。



「お母様、心配分かりますが分かりますが美咲ちゃんは”かわいそうな障害者”ではありません。これから先特性と上手く付き合って、支援がなくとも生きていけるようになる子です。私は少なくともそれを信じていますしそのための今の支援はできる限りさせていただきます」



ぱっと、美咲ちゃんがこっちを見た。


「先生、論点をずらすのは止めてください。私が訊いているのはこの子が障害を持ってここに来ていることについてです。個性にできるようにだとかそんなことを訊いているんじゃありません」


怒りがヒートアップして母親はどんどんと言葉を重ねていく。


「美咲は小さい頃から食べられるものも少なくて興味のないことはできなくて、たくさん苦労してきたんです。だから「ママ止めて!」


そこで美咲ちゃんが叫んだ。目はしっかり自分と合っている。


「私もう一回学校に行く。だからもういい」


「何言ってるの美咲、嫌な思いしたってママ聞いたから美咲のこと守るために今先生とお話ししてるのよ? 嫌だったことを我慢しなくても良いし許さなくても良いのよ? だって」



だって美咲は大変なことが多い子なんだから。



その言葉で今度は美咲ちゃんが怒った。



「もう止めて! ……美咲最初は先生が自分のこと都合よく見てると思って嫌いだった。でも今はママが嫌。ママは美咲ができるようになることを信じててくれない。でも先生は信じてくれる。だから学校行く。もう話すの止めて。これ以上ママのヒステリー聞いてられない」



それを聞いてお母さんは憤怒で顔を赤くした。


「美咲のためなのになんてこと、」


「美咲のためじゃない、それママのために言ってるだけでしょ。かわいそうな美咲の方がママにとっては都合良いんでしょ。でも美咲もうそのままでいたくない」


そこまで言って美咲ちゃんのお母さんは黙った。


「明日からまた学校に来ます。秋葉先生、さようなら」


美咲ちゃんは礼をしてお母さんを引っ張って帰って行った。

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