第23話

研究室には卒業した日から全く変わらない先生がいた。白髪の老人で、穏やかな雰囲気が漂っている。教授は話す前に、と紅茶を入れてくれた。それに甘えて一口飲んでから話し出す。


「お久しぶりです神崎先生。すみません着任して一ヶ月も経たないうちに戻ってきてしまって」


「いいよそんなこと。秋葉さんも先生らしくなりましたね。それで相談のことですが」


「はい、児童が言うことを全く聞いてくれなくてですね。


私としては児童一人一人と向き合ってその子の将来を考えてあげているつもりなんですが、児童からするとそうではないみたいで。


たとえば自閉症の子には人の気持ちを想像するように指導したり、右半身麻痺の子には左手で書きやすいようにノートを準備してあげたり。


ADHDの子に関しては教科書も筆記用具も予備を用意してあります。


ですがいじめのようなまねをされた上に開き直られてしまって。児童からすると私は上から目線だそうです。六名のうち二名が今日登校しませんでした。」




よく頑張りましたねって、ご苦労でしたねって、きっとこの先生は言ってくれる。私の頑張りをこの人なら認めてくれる。




「それは秋葉さんが良くなかったですね」




ほら、この先生はいつも私のことを応援してくれる……って、え? 今なんて言った? この人まで、神崎先生まで私の方が悪かったって言うの? なんで? こんなに頑張ってきたのに。私は大人で教師だから下げたくない頭まで下げたのに。


「なんでそんな、先生までそんなこと……」



「秋葉さんは気付いておられないようですが、話をし始めた最初からあなたは”してあげている”という言葉を使っていますね。


児童のことをまだ子どもだからと思って、自分が大人だから、教師だからと思って接していらっしゃる。


それでは児童がそれをどこからか感じ取って拒否するのも当然のことでしょう。上から目線で児童のことを見ているのには何の間違いもありませんね。


児童はたった六歳ですがもう物事を児童なりに考えています。それをあなたは無視してきたのだからあなたの言う”気遣い”が無視されるのも当然のことです」




頭をぶん殴られたような気分になった。私のやってきたことは、全部、上から目線だったの……? こんなにあの子達のことを思ってあげて……え、私今”してあげてる”って思った。本当だ。そっか、それは上から目線、なのか。ってことは間違ってたのも悪かったのも私……?




「それから秋葉さんは児童の将来を見据えて向き合っているとおっしゃっていましたが、児童はまだ将来のことなんて見えていません。今の自分のことを考えるので精一杯です。向き合うのが大切だと私からも話した記憶はありますが、秋葉さんにはもう一つの視点が欠けていますね」



もう一つの視点って、向き合うのと同じくらい大切な視点があるって言うの? なにそれ、私そんなに大切なこと見逃してた? そんなの大学では一度も聞かなかった。


そう思う美菜実に先生が言った。

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