第13話

二時間目の授業が終わって二十分間の中休みに入った。さっきの授業の内容をメモして、児童の様子も書き足していく。


特に今回の授業で気をつけようと思ったのは大島美咲ちゃんだ。自分ができることを他の人ができないことがまだ分からないみたいだし、人の立場に立って物事を考えることがまだ難しそう。他の子達が萎縮しなくてすむようにしてあげなきゃいけない。


そうだ、あの子から百まで聞くって約束もしてたんだ。次の科目は……道徳か。今度こそ楓ちゃんには音読含め指名するのはやめることに気をつけよう。


そう思って道徳の教科書を予備も含めて二冊持って教務室を出た。


教室に入ると美咲ちゃんが花菜ちゃんと恵ちゃんと話している。


「美咲さん、お話ししてるところごめんね。さっき先生美咲さんから百まで聞く約束してたから来たよ。今なら聞いてあげられるよ。百まで言えるかな?」


「美咲今花菜ちゃんと恵ちゃんとお話ししてるの。先生見えないの? 今はそんな時間じゃないから美咲話したくない。授業中に聞いて欲しかった」


んー気持ちは分かるけどそんなこと言われても授業中に百まで披露してもらう時間ははないしなあ。


「分かったよ、お話ししてたのにごめんね。でも授業中に聞くのは難しいから今度の休み時間でも良いかな?」


「難しいって事はできるって事じゃん、先生授業中に聞いてよ。今は遊ぶ時間なのに勉強の話したくない」


うーん、これは私が言い方を間違えたな。


「ごめんね、難しいって言ったのは先生も間違えてた。他の子もいるから授業中にそのお話はできないんだ。だから休み時間でもいい?」


そう聞くといいよ、と言って一応は納得してくれた、らしい。ふと見ると楓ちゃんが一人きりで机に向かって悲しそうな顔をしている。


「楓さん、何かあったのかな?」近寄っていって小さな声でそう聞くと楓ちゃんが小さく頷いた。


「先生にお話しできそう?」と聞くと今度は首を横に振った。だよね、まだ話せないよね。そう思って紙と鉛筆を出して、その上の方にはい・いいえと書いた。


「楓さん、左がそうだよって意味の”はい”で、右が違うよって意味の”いいえ”だよ。これから先生が質問するから、どっちかを指さして欲しいな。それならできそう?」そう聞くと今度は首を縦に振った。


「じゃあ最初に聞くね。勉強で何か分からないことや困ったことがあったのかな?」


楓ちゃんが指さしたのはーー”いいえ”。


「じゃあ次に聞くね。お友達と上手くいかないことがあったのかな?」


楓ちゃんが次に指さしたのは、”はい”。友達関係でのトラブルか。声が他の子に聞こえないように気をつけながら話す。


「じゃあ、先生がここに今からお友達とあったかもなって思うことをいくつか書くから、それに合うものがあったら丸つけてね。いくつつけてもいいよ」


紙に書いたのは「いやなことをいわれた はなしかけてくれなかった むしされた いたいことをされた じぶんのものをこわされた それいがいでいやなことがあった」の六つ。それを指さしながら順番に読んで丸を付けてもらった。


丸が付いたのは、「話しかけてくれなかった」。このクラスに女の子は四人。楓ちゃん以外は全員固まって話していた。それが悲しかったのかな。この子はまだ話せないから上手くコミュニケーションが取れなかったのかな。声をかけてあげてね、それだけでは足りなかったか。


「じゃあ次に今の気持ちを書くから合ってるなってものにはさっきと同じように丸をつけてね。これもいくつ丸をつけてもいいよ」


次に紙に書いたのは「うれしい たのしい いいきぶん かなしい さみしい いやなきぶん いらいらする ふあん」の八つ。さっきと同じように順番に指を指しながら読み上げていった。


楓ちゃんが丸をつけたのは、「悲しい、さみしい、嫌な気分、不安」の四つ。そうだよね、お友達作れないかもって不安になるよね。


「楓さん、先生に教えてくれてありがとう。悲しかったね。ちょうど次の時間は道徳の時間だから、皆と楓さんが上手くお話しできるような練習をするね。もう授業が始まるから準備してね。それで上手にお友達と話せるようになるといいね、先生も応援してるね」


そう言うと楓ちゃんは不安そうな顔をしながらも頷いてくれた。次の授業でなんとか楓ちゃんがクラスに馴染めるようにしてあげたい。いや、そうしてあげなきゃ。


「皆授業になるから席に着いてね」と声をかけて教壇に立った。

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