第9話

ベルが鳴って「よろしくお願いします」と挨拶をした。


「皆前を向いてください。恵さん、先生の方見てね。よし、それでいいよ。今日からひらがなの練習をします。最初は”あ”の字を練習します。先生が今から黒板に書くので、書いている順番と形をよく見ていてください」


そう言って黒板に貼り付けられるマス目の付いた小さな黒板を貼った。


マス目を見ながら中心に字が綺麗に書けるように注意しながら字を書いていく。字の綺麗さは小学校教諭にはとても大切だ。この字を見て児童が練習するのだから、教科書のように綺麗な字でないといけない。集中して字を書いていく。


……なんとか綺麗に書けたか。そう思って児童の方を振り向くと高橋恵ちゃんが鉛筆を転がして遊んでいるところだった。


「恵さん、今の見てたかな?」


「見てなかった」


「前向いてようね、じゃないと今みたいに分からなくなっちゃうかもしれないからね。次からは気をつけようね」


その言葉にはーいと返事をしたので今度こそ、と思うも恵ちゃんはやはり黒板の方を見ていなかった。


今はまだ仕方ない、でも大人になってもこのままじゃこの子が苦労する。このまま続くようなら連絡帳に書いておうちでも言ってもらわないといけないな。


そう思いながら今度は全員の手元を確認して回る。


自閉症の加藤亮太君は集中して何回も書いている。「上手だね、そのまま進めてみようか」その言葉は過集中、

つまり人より集中してしまって他のことに気が回らない状態になっていたのか返事はなかった。


ADHDの高橋恵ちゃんには、黒板の代わりにノートの一番上に文字を書いてあげてそれを見させて練習してもらった。


場面緘黙症の三浦楓ちゃんはちょっと曲がった字だがそれでも綺麗に書けている。「楓さんよく書けたね、もう一回練習してみようか」その声かけに頷く。


右手が麻痺している阿部聡君は左手でなんとか書いているがドリルが大きな字をなぞった後に下に小さく練習する形になっているので慣れない左手が邪魔をして書きにくそうにしている。「こっちのノートに書こうか、そうしたら多分もう少し書きやすいよ」と言ってノートを広げた。聡君がノートに字を書いているのを見て席を離れる。


ディスクレシアの藤巻花菜ちゃんは……時間はかかるけど綺麗に書けている。「上手だね、時間がかかっても良いからゆっくり練習していこうね」そう声をかけると嬉しそうに頷いた。


高機能自閉症の大島美咲ちゃんは亮太君と同じように何度も書いて練習している。字も線から全くはみ出していない。「綺麗だね、練習するともっと綺麗になるよ」と声をかけた。


そのまま”う”までを書いては練習している姿を見て回って一時間目が終わった。

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