第96話
二人とも働き始めで忙しい生活が始まった。それでも帰れば宙が、唯がいると思うとお互いにいくらでも頑張れた。
唯が無理して宙より遅くに帰ってきた後から家事をしようとした日には宙に全て没収された。
「これくらいやらせてよ、私女だし大丈夫だから」
「はいこの男女平等の時代に女だしとか言ったので更に駄目。あと気づいてないだろうから言うけど唯が大丈夫って訊いてもないのに言い出すのは無理してるときです。寛解したとは言え貴方まだ病み上がりです。彼氏の俺の責務は唯のうつを再発させないことなの。多少は甘えることを覚えろこら、可奈に甘えておいて俺には甘えないなんて言った日にはどうなると思う?」
「すごい怒る……?」
「はい不正解。正解は全力で拗ねるでした。大人の男の拗ねるを軽く見るなよ? 床に寝転がってやるからな。てか間違えたんだからいい加減ソファーに座って待っとけ、夕飯くらい作らせろ」
宙は唯の頬をぐにゅぐにゅと歪ませて自分で吹いた。
「あい……なんれだいひなかのひょのこと見て笑うの……わはひがすえるよ」
「分かった分かった拗ねない拗ねない。あまりにかわいかったから笑っちゃっただけ」
そんな言葉に絆されて家事は結局半分以上宙がして、その間唯は宙の後ろから抱きついてご飯ができるのを待った。
実家暮らしだったはずの宙のご飯が自分のよりおいしかった日には唯は最大にむくれた。
「あのね、こちとら大事な大事な彼女にまずい飯食わせらんないの。どんだけ俺がレシピ通りに作ってると思ってんの、俺の検索履歴レシピだらけよ? そりゃ料理研究家が作ったメニューがまずいわけないでしょうよ」
「おいしい……でもそれがむかつく、でもおいしい」
「俺にとってはこれより唯が毎朝作ってくれる弁当の方が美味いけど?」
「なら許す、愛した」
「はいはい愛された」
唯は疲れているとき無理するのをやめて掃除の時も宙にに抱きついたまま後ろを歩いた。
「ちょっとそこの彼女、邪魔なんですけど」
「大事な大事な彼女に邪魔とか言った? 言ったな? 人質は君の脇腹だけど覚悟はできてるね?」
「スイマセン邪魔じゃないですそのままくっついててください俺が幸せです」
「よろしい、我は満足じゃ」
「何よりです」
ルーティン通りの生活も負担にならない程度に宙が手伝ってくれた。
「ほら唯寝る時間だよ、仕事やめな」
「でもまだ残ってる、もうちょっとやりたい」
「唯仕事早いんだからそれ来週までのとかだろどうせ。あれだけ大事にしてたルーティンはどこに行ったんですかー唯さん、十二時過ぎますよー」
「んん……わかったもうやめる」
「はい偉い子いい子。ご褒美に俺が温めといた布団が待ってます。あと俺も待ってます」
唯はもそもそとベッドに入って宙の隣で体を丸めた。
「子守歌いる?」
「馬鹿にしてる?」
「してない。じゃあハグは?」
「……いる」
「はいはいどうぞ。俺の体をもってけ」
「ん。……宙あったかい」
「そりゃ心があったかいですから」
「心があったかい人って手が冷たいんじゃなかったっけ?」
「……保冷剤で手冷やしてきて首とか触ってやろうか?」
「ごめんなさい宙様の心はあったかいです、誰よりあったかいです」
「よし、はいおやすみ」
唯にとって人生のどの時間よりも幸せな日々が続いた。
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