第70話

小中高とエスカレーター式の女子校で過ごしてきた可奈が最初に恋をしたのは、正確に言えば恋をしたのはもっと前でそれを自覚したのは、高校一年生の頃のことだった。


相手は自分と同じバスケ部の先輩で、百七十センチのすらりとした体に明るく快活、それでいてさっぱりとした性格だった。


先輩がダンクシュートを決めた日には女子全員が見惚れ、可奈が中学生に上がる頃にはもう既にできていたファンクラブで写真が公開されていた。


なんでも先輩はもう自分のファンクラブがあることを知っていたらしく、サービスとばかりにポーズを取ってにこりと笑う写真はすぐさま多くの女子のスマホに保存された。



そんな可奈が初めての失恋をしたのは好意を自覚してから二ヶ月も経たない日のことだった。


毎年十月に開かれる可奈の女子校の文化祭には付近の男子校や共学の男子達が彼女探しに来るのが恒例となっていた。


人気バンドがサプライズ出演をすることもあり、子どもが楽しめる縁日から吹奏楽部の演奏会、高校三年生によるかなり凝った演劇もありその日も学校は大盛況だった。


バスケ部の出し物は自販機のない学校内での冷たいドリンクの販売であり、その日可奈はシフト通りにドリンクに並ぶ長蛇の列を捌いているところだった。


そしてそこを通りかかったのは、おそらく先輩より年上の男と手をつないで歩く先輩だった。


いつもバスケをしている時の凜々しい顔とは全く違う、照れたような笑みを浮かべている先輩の顔を見ればその相手が友達や家族なんかではないことは明白だった。


可奈は今でもその時のことを鮮明に覚えている。相手の男は背の高いはずの先輩よりも更に一回り背が高く、二人とも爽やかで今思ってもお似合いのカップルだった。


自分の手は変わらずドリンクを売っていて、間違うことなくお金の計算だってしていた。でも頭の中は真っ白で、足先から冷たくなっていく感触がした。周りの音も聞こえなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る