第65話

三時頃家に着いてからも、可奈に唯の障害のことは、そして病気のことは告げなかった。


唯にそう言ってあったこともあったが、彼女が不本意だろうに告げてくれたそれを勝手に他の人に告げることなど、頭によぎることすらなかった。


唯は絶対にそれを、他人の口づてに自分の状況を話されることを望まないだろう。そんなことは考えなくても分かった。


唯は今このときも苦しんでいるのだろうか。うつ病の治療には年単位を必要とすることも珍しくない、という教授の言葉を思い出した。


彼女は一年半闘って尚薬を増やしている途中なのだ。薬を減らすことにもきっと長いこと時間がかかるだろう。


毎日を楽しく明るく以前のように過ごすなんてことは今の彼女にはきっとできない。


きっと今日も悪夢を見て泣きながら目を覚まして、それでも無理をして自分に気づかれないように支度をして自分の誘いに乗ってくれたのだろう。


そして今日予定外に実際に気持ちを吐き出させてしまったことで更に無理をさせてしまっただろう。


それでもどうか今日だけは。今日だけでも。その分自分から幸せを取っていってもかまわないから。むしろ取っていってくれるならその方がありがたい。


自分はどんなにその病気を引き受けたくても唯と代わることはできないのだ。どんなにその苦しみを分けてほしくても分けてもらうことはできないのだ。


宙は唯の心が少しでも穏やかであることを祈った。


気づけばもう日も暮れて夕焼けが見えていた。今日唯と会うことを伝えていた可奈にメッセージを送った。


「告白はしてきた。今から長期戦で返事待ち」


長期戦が終わるまで、唯の返事がもし宙の望む答えでなかったとしても、それでもいいから唯にはできる限り長く生きていてほしかった。


たとえその未来に隣にいるのが自分でなかったとしても、誰かに愛されていつかは幸せを感じて生きていってほしかった。


宙と唯の考え方はとてもよく似ていた。二人とも、お互いの幸せだけを願ってその日は眠りについた。

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