第64話

一人で生きていくって決めたの。……だから、


そこで唯は口をつぐんだ。そんなことされたら期待してしまう。唯も本当は自分を諦めたくないんじゃないかと淡い期待を持ってしまう。


弱みにつけ込むようなタイミングで思いを告げてしまったことをまた後悔した。


「だから、」その先を言われてしまったらもうきっと唯には触れさせてもらえなくなる。


宙はまた唯を遮った。


元来弟との突拍子もない会話につきあっており人の話を遮ることなどほとんどしてこなかった宙にとって、ここ数時間の間で三回も人の言葉を遮ったのは初めての経験だった。そのことにまた自分でも少し驚いた。


唯の本当の姿を知って更に惹かれたことなど、それが不本意でしかないだろう唯に告げることはできなかった。


唯が腹をずっと前からくくっていたのは分かった。自分が長く生きられないかもしれないと悟っていることも分かった。


それでも。それがわがままだったとしても。唯のことが好きな気持ちは揺るがなかった。


「唯ちゃんが腹くくってんのは分かった」「でもお願いだからまだ断んないで」「まだ好きでいさせて」


その言葉は本心から勝手に出てきたようなものだった。唯は何も答えなかった。とりあえずすぐに断られなかったことに少し安心した。


会ったときに吹いていた冷たい風は止み、少し暖かい日差しを浴びながら二人で唯の家へと歩く。帰り道は静かだった。


「じゃあまた」唯がオートロックの内側に入り、エレベーターに乗ったのを見てから宙は来た道を引き返して駅に戻った。


心の中は唯に対する心配でいっぱいだった。唯が消えてしまわないか心配でたまらなかった。


”次”に、”まだ”に、そして今さっき言った”また”に、それまで生きていてほしいと願ったことは伝わっているだろうか。


今にも消えてしまいそうな唯をこの世につなぎ止めておく方法を宙は他に知らなかった。

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