第61話

それでも宙は安堵した。彼女が、どこかに消えていなくなる前で良かった。死ぬ勇気が彼女になくて良かった。消えていなくなってしまう勇気を強さと呼ぶのなら、そんな強さが唯になくて良かった。そんなもの唯には要らない。


そして、もう一つのことが宙を安心させた。


ーー彼女に、やっと頼ってもらえた。やっと自分は彼女に頼ってもらえる存在になれた。やっと傍で見守らせてもらえる自分になれた。


同時に彼女が傷ついているはずの今自分が安堵していることを責めた。



彼女はどれだけの勇気を持ってこれを、これまで誰にも打ち明けることのなかった自分のことを打ち明けているんだろう。


それなのに自分ときたら彼女に頼ってもらえたことに嬉しさすら覚えている。自分の未熟さが腹立たしかった。


それでも一言も発することなく宙は唯の話をただ静かに頷きながら聞き続けた。


唯が落ち着くまでただひたすらに頷き、そしてぱたぱたと唯の頬を濡らして机に落ちていく涙をすくったのは宙にとってごく自然なことだった。


唯はその仕草で初めて自分が泣いていることに気づいたようだった。唯はその仕草にはっとした顔をしてハンカチで涙をポンポンと拭った。擦ると目が腫れる。


目を腫らした姿で外にいることなどしたくないのだろう。唯はこれまで見てきた姿よりずっと泣き虫で、それでもまだ自分を取り繕おうとしている。


自分が今人前で泣いていることなど、きっといつもの彼女にとっては不本意でしかないだろう。


唯に自分が今泣いているということを気づかせてしまったことにまた少しの後悔がつのった。

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