第59話
戻ってきた唯は机の上の手帳を見てやはり固まった。
頭をフル回転させて必死に言葉を探しているであろう唯にごめんとこぼす。大事なものだから、とも。その言葉は言い訳のようだった。
それを聞いてはっとした唯が謝ろうとしたことは分かった。
でも私物を、たとえそれが障害者手帳だったとしても、いや大事なものであるならなおさら、それを落としたことの何が悪いというのだろう。唯に謝らせてはいけない。そう思った宙は唯を遮った。
バッグに手帳をしまい席についた後も唯は口をぱくぱくと動かすだけで、まるで声の出し方を、話し方を忘れてしまったかのようだった。
少し待ってみても唯はまだ言葉に迷っているようだった。その姿がいたたまれなくて宙はもう一度謝った。
仲良くなれたと思っていた。多少なりとも心を開かれていたとも。
今日の誘いに乗ってくれたことにも浮かれていた。自分や周りの男子達がこれまで引かれていたラインの内側にやっと入れたと思っていた。
それでも唯は自分にも可奈にも、訊いてきた誰にもこの一年半をどうやって過ごしていたのかを一切話さなかった。
ああ、やっぱり俺はあのとき声をかけておくべきだったんだ、とまだ大学に来ていた頃の、まだ明るく屈託なく笑っていた頃の唯を思い出して悔いた。
自分は唯が最も辛いときに傍にいられるような、話を聞いて慰めて、励ませるような、それが叶わなくてもただ傍で見守っていられるような存在ではなかったのだ。
それでももうこれ以上後悔はしたくない。それ以上に、唯をこのまま一人で苦しませておくことなどもっとしたくない。
お願いだから俺のことを頼ってくれ。
祈るように吐き出した言葉に、唯は言葉を詰まらせながらゆっくりと話し始めた。
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