side.宙

第58話

唯がそれを落としたとき、歩いていく唯に声をかけようとしてやめた。


それは、昨年中学に上がったばかりの海が取ったものと同じ、精神障害者手帳だった。


確か発達障害の他に精神疾患やてんかんでも取得できるものだったはずだ。


ーー唯はこの一年半、これと一人きりで闘っていたのか。


唯なら発達障害者が差別されたら自分のことのように怒るだろう、なんてあのとき宙は唯が発達障害とも精神疾患とも無縁だと思っていた。


唯が発達障害を、適応障害を、うつを診断されたときのように。



そして自分の知る唯は、いつでも明るく朗らかで誰にでも優しく寄り添い、その中に時たまほんの少しの頑なさが見えるような、


ーーつまり”盾”を持たないものだろうと思った。


だとすれば、唯がこれを見られることが不本意だとしても、これは唯を何かから、ーーもちろん何者からなど無理な話だが、それでも何かから守ってくれるはずのものだった。


そう思った瞬間宙はそれを拾い上げ、埃を軽く落として自分の大事な物のように机の上にそっと置いた。


唯はこれを見たら、自分がこれを見てしまったと知ったら、きっとひどく傷つくだろう。



でもそうせずには、ーー唯が闘っていることを知ってその上で見て見ぬふりをすることは、とてもできなかった。

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