第48話

それでも三回の入院期間はまだ穏やかに過ごせた方だった。親に連絡がいってしまうのが怖かったがもう仕方なかった。


「こっちに帰ってきなさい、一人じゃ不安でしょう」


「ごめんなさい、この場所がいつかトラウマになると思うとそっちの方が怖くてできない。私はこの大学をちゃんと卒業したいの。それに今の先生のことを信頼してるからどうしてもこっちにいたいの」


と唯は両親の勧めをなんとか断った。お金を更にかけさせてしまうのは申し訳なかったが入院の時に衣類を持ってきてもらって改めて話した。


「わがまま言ってごめんなさい。今は少し調子がよくなくて入院になったけど自分の家にどうしても帰りたいの。無理はしないって約束するからここにいさせてください」


唯の両親はそれでも唯を家に引き戻そうとしたが、そのたび大丈夫だからと言って千葉に帰ることなく入院した。


唯が入れられたのは精神疾患の中でも回復期の人のための閉鎖病棟だった。


小さなホールとナースステーション、あとは病室とトイレがあるだけで、退院するまでそこから出ることは許されなかった。


病棟には自分より若い人は一人もおらず、配慮されてのことか唯は一人部屋に案内された。


窓も十センチ程度しか開かず、紐類やライター、刃物は全て持ち込めなかった。


それでも唯は不満だった。こんなに苦しいのに、こんなに消えてしまいたいのに、なんで急性期病棟に入れてもらえなかったんだろう。


なんで回復期なんて呼ばれるんだろう。毎日自分が消えた後のことを考えているのに。食事さえまともに取れないのに。こんなのが回復期なんて思いたくないのに。


実際入院してからも唯の体は食べ物を受け付けず、固形物が食べられない人のための高カロリーの飲み物や点滴で栄養補給をした日もあった。三日ごとに点滴は刺し直さなければいけない。そんな日が続けば手元は注射の跡で痣だらけになった。


お風呂の日は週二回あったが、うつろな顔で体を洗い、軽くお風呂につかるので精一杯だった。元々その頃の唯は一人では一週間に二回も入浴などできなかった。


看護師さんは皆優しく主治医もよく様子を見に来てくれたが、元気そうな患者さんと看護師さんが笑い合っているのを見て暗い気持ちになった。


私には笑える元気なんてないのに。ああやって笑える人が回復期なはずなのに。


退院しても薬の過剰摂取で病院に緊急搬送されて胃を洗浄され、そのまま入院に逆戻りしたこともあった。その時は二十歳を超えていたため家族に話すことすらせずにバイト代と仕送りからこつこつと貯めてあった貯金の中から入院費を出した。二回の入院で唯は貯金のほとんどを吐き出した。


家族は唯が入院したのは一回だけだと思っている。


食事以外の時間は部屋にこもり、横になって自分の部屋の物よりずっと硬いベッドの上で布団にくるまって何も考えずに過ごす。眠れるときは眠ったがまだ夢は怖いままで、眠ることすら怖かった。


夜が来て、明日目が覚めなければいいのに、と思いながら目を閉じる。早朝の起床時間前には目を覚まして自分がまだ生きていることにがっかりする。


それでもまだ外の生活より刺激の少ない環境の中で規則正しい生活を送り、唯はようやく少し休み方を知ったような気がしていた。


結局三回の入院後心配が勝った両親に唯はその後実家に連れ戻されて休学期間を過ごすことになる。

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