第47話
ああなんで私は生きてるの。
私が生きてるのに、生きたい子は、家族に生きていてほしいと願われている子は今日もどこかで命の火を消されている。
なんで私じゃないの。こんなに代わってあげたいのに。こんなにも私の命は私に必要とされていないのに。
ーー私が、死んだら、どこかの私を知りもしないような誰かが「未来ある若者が命を絶った、大変残念な出来事だ」とか、言うんだろうな。ニュースに出たりするのかな。
私はもう未来なんてとっくの昔に諦めてるのに。
消えたい。私の存在が最初からどこにもなかったことにしたい。それならやっぱり友達なんて持っちゃいけなかった。
私がいなくなったときに誰かが悲しむなら、もっともっと孤独に生きていれば良かった。
高校時代必死に頭にたたき込んだデモクリトスの原子論を思い出す。死は原子に分解されるだけだ、だっけな。そうなら楽なのに。それなら怖くないのに。
天国や地獄なんて在ったらそこがどんなに美しい場所でも自我を持っていればこうやって苦しむことになる。
そんなのはまっぴらだった。
もうお父さんからもお母さんからも私の記憶を消したい。
昔見た魔法使いの映画を思い出す。自分の家族が危険に陥らないように、その子は泣きながら家族から自分の記憶を消していた。
あれが、あの力が私にあったら良かったのに。育てて大事にしていてくれた人よりも先に逝くなんて親不孝な真似せずに済んだのに。
そう思いながらも両親に向けた遺書を書いた。自分で書いたはずの遺書も書き終われば意味が頭に入ってこなくなった。遺書は家族が家を整理する時に見つかるように封筒に入れて引き出しにしまった。
傷一つない体が、病に罹って余命宣告をされていない自分がいっそ憎たらしかった。
唯はその時もう救いなど求めていなかった。幸せになれるなどという考えはどこにもなかった。病気だって治る気はしなかった。
それに、実際唯が適応障害を再発させたように精神疾患には再発がつきまとう。だから”完治”ではなく”寛解”と呼ばれるのだ。
これからの人生、もし今のうつが治ったとしても一つも困難な挑戦をせずに生きていけっていうのか。
ストレスにならないように、自分の好きな生活すら捨てて生きていけっていうのか。
誰かの訃報を聞く度自分も引っ張られてこの地獄に戻ってくるのか。
大体今のつらさだって病気なんかじゃなくて甘えなんじゃないか。本当は全部全部できるんじゃないのか。
やまない雨はないなんて言葉もあるが、唯は今この一瞬の豪雨を耐えることで精一杯だった。
それならもう治らなくていい、また辛くなるくらいならずっと辛いままの方がいい。そしたら希望なんて持たなくて済む。ただ今すぐに楽になりたい。そう思って自分の家にあるありったけの薬を飲んでようやく深い眠りにつくこともあれば、ひどい吐き気で病院に搬送されて胃を洗浄されることもあった。どの日も結局すぐに楽にはなれなかった。
それまで維持していた生活は跡形もなく消え去り、唯の自尊心ももうこの世にはないかのように思われた。
今日も外で学び、働いている人がいると思うと申し訳なさでいっぱいになった。本当ならそこに私もいないといけないのに。
働かなきゃ、学ばなきゃ社会から必要としてもらえないのに。
私はなんて最悪なんだろう。もっとひどい扱いを受けても、親に愛されなくても、暴力を受けてトラウマを負っていても、どんなに状況が困難でも一人で立っている子だっているのに。
私は家族からの愛にもお金にも恵まれているのに。なんで代われないの。どうして私じゃないの。
生きたいのに生きられない子は山ほどいるのに、何の役にも立たない私がどうしてのうのうと今日も生きてるの。なんで今日も生きないといけないの。
その考えは止まることなくぐるぐると回り続けて毎日のように唯を支配していった。
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