side.唯
第44話
一方唯の方はといえば、闘病生活はとても耐えがたいものとなっていた。
大好きだったはずの勉強にも読書にも一切の興味をなくし、A4の診断書一枚ですら頭に入ってこなくなった。
目は文字の上を追っているはずなのに、何度目を通しても目は字の上を上滑りして頭には内容が全く入ってこない。
何十分もかけて自分が重度の病気に分類され支援が必要な状態であることをなんとか理解した。
書いてある字には見慣れているはずなのにまるで知らない言語を読んでいるかのようだった。
『拝啓 生きている私へ』ーー宙に薦められて読んで一番好きになった余命幾ばくかの中必死に生きようとする主人公の本も、好きだったのは遠く昔のことだったように思われた。
生きる気力を奪われ一日を無為に過ごす唯にとっては、生きようとするが生きられないヒロインは生きようとすらできない自分を欠陥品のように思わせた。
どうせ私はヒロインになんてなれない。もう何年も前に諦めていたはずのことなのに改めて突きつけられると涙が出た。
皆にとって便利で楽しい唯でいなければ誰にも私は必要とされない。何も頑張れない自分なら、自分自身にも必要とされない。
闘病生活が三ヶ月を過ぎた頃、それまで好きだったはずの家事も全くできなくなった。掃除機をかけることもなくなり、それまで付けていた家計簿を開くことさえなくなった。
元々整理整頓されてきれいな状態を保っていた唯の部屋も、物が出しっぱなしになって荒れていった。
なんとか病院に行く日にしていたメイクのための道具やコスメも、使った後の状態のまま姿見の前の床に乱雑に置かれていた。
それでも少し良かったことがあるとするならば、ちょうど世間では新型のウイルスが猛威を振るっているところで、通販もデリバリーも接触なしで受け取れるものが増えていたことだった。
重たい日用品や、なにより毎日の食事は頼んでしまえばあとは待つだけだ。
そのはずだったのに、食欲は何を見ても全くわかず、好きだったはずのパスタでさえ頼んだ日は一口しか口を付けられずにそのまま生ゴミになった。
ゴミを増やしたらそれを出しに行かなければいけない。だがその時は布団から出るのさえ億劫だった。結局は買い込んであったチョコレートを一日にいくつか食べることで精一杯だった。ゴミ袋も増えて行くばかりだった。
体重は痩せたくて食事制限と毎日の運動を欠かさなかったときですら全く落ちなかったのに、こんな時ばかりみるみる落ちていった。
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