第42話

同じ回の講義ではADHDと並べられてASD,いわゆる自閉症の解説もされた。


こちらは集中しすぎて他のことに注意が向かない、マルチタスクが苦手、こだわりが強い、コミュニケーションが苦手といった特徴があるそうだ。


現在では約一パーセントの人がこの障害を持っており、男性は女性の四倍の数いるとされているらしい。

今は男性がほとんどであるといわれているが、元来コミュニケーションを得意とする女性は気づかれにくいだけでASDの女性も多くいるのではないかとの指摘があった。

ADHDとの併発も多いそうだが、残念ながらASDには有効な治療薬がないとも説明を受けた。


同じような障害なのに治療薬がないのか、じゃあASDで生まれてきた人はより災難だな、と考えていた。


これら発達障害を持つ人は睡眠障害や精神疾患に罹るリスクが高く、うつ病ともなると治療に年単位を必要とすることも珍しくはないという。


また障害者雇用でも身体障害者と違って目に見えにくい発達障害を持つ人への理解や支援はまだまだ追いついていないとも話された。


ーーやっぱりそうか。


海が落ち着いてくれれば普通に働けるかもしれないが、もしそうでなかったとき自分の性格を直せなどと言われても無理な話だろう。



発達障害を持つ人は精神疾患に罹るリスクが高い分平均寿命も一般人より短くなるとも聞かされた。


衝撃的だったのはアスペルガー症候群を持つ人の平均寿命が一般の人のそれに比べて十八歳ほど短いという海外の研究結果だった。


いくら人生百年時代なんていっても、明らかにリスクが高すぎる。


自分が今生きてきたのと同じ長さの人生を、発達障害を持って生まれてきたというだけで奪われるのだ。


海が、もしいなくなったら。


そんなことは考えたくもなかった。あのかわいくて大好きな弟がいつかもし精神疾患に罹って自死してしまったら。


ーー兄の自分より、もしかすれば両親よりも早くこの世を去ってしまったら。そんなことさせてたまるものか。


講義はその間にも進んでいく。宙は必死にその不安を、その考えを振り払って講義に集中した。


発達障害には遺伝の可能性があり、アメリカでは子どもが発達障害を疑われて検査を受けるときには親も一緒に検査を受けることになっているそうだ。


加えて発達障害の人のパートナーになった人が特性にうまく適応できずにカサンドラ症候群になるケースも少なくないことが説明された。


彼らは”アスペ”や”ガイジ”と呼ばれて差別にあうこともあるようだ。


宙は自分のことのように憤りを感じた。海がもし差別されるなんてことになったら。


障害となるのは発達障害を持つ人じゃない、差別する人たちだ。


身内に発達障害を持つ身としてはそれを持つ人への差別は許されざるものだった。


教授は「皆さんがこの講義やレポートを通じて発達障害に対する偏見をなくし、また障害を持つ人が合理的配慮を受けて定型発達ーーつまり”普通の脳を持った人”ーーの人と同様に働き、幸せに過ごせるような社会を創ってくれることを期待します。あなたの隣に座っている学生が障害を持っている可能性だってあります。この講義に関して質問があれば好きに質問して頂いてかまいません。この講義がまずは皆さん自身の偏見をなくし、共同して社会を創る一員であることを認識する一助になれば幸いです」と講義を締めくくった。

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