第40話

一日たりとも遅刻すらせず、「私体強い方だから風邪とか引かないんだ、だから体調崩したらノートは任せて!」なんて明るく笑っていた彼女がぱたりと授業に来なくなった。


「全然大丈夫だよ、でもちょっと体調崩しちゃった、私にしては珍しい……私に任せてなんて言ってたのに悪いんだけど心理学のノートだけ頼んどいてもいい?」


なんて送られてきていたメッセージも、気づけば一ヶ月前のものになっていた。


そのままメッセージを交わすだけの状態が続き、大学は三年目に入った。


彼女が次の学期から休学するということは彼女本人から聞いた。理由は聞かなかった。


いい理由にしろ悪い理由にしろ話したいときが来ればあっちから話してくるだろう。それに周りの友人達が理由を聞いても全員はぐらかされているらしい。


「過去問皆からもらえるしラッキーかな、一個下の友達もできるし! 私これ以上成績優秀になっちゃうかも」などといつも通り明るく、でも宙には分かるそれ以上は踏み込ませない、というラインを引いてきたようなメッセージでその話は打ち切られた。


それ以上踏み込んだ友人もいたようだが、彼女は誰にも自分の休学理由を伝えることはなく、彼女の休学理由を知っている人は誰一人としていなかった。


優秀な彼女のことだからどこかに留学でもしているんじゃないか、どこかで起業でもしてそれが軌道に乗るまでは誰にも話さないんじゃないか、などという噂もまことしやかに広まったが、SNSをほとんど使わない彼女がどこにいるのかも分からないまま半年が過ぎた。


その間に送り合っているメッセージは普段の唯と何ら変わりはなかった。好きなものも相変わらず同じだった。


ただ一つ変わったことがあるとすれば、彼女からのメッセージがほとんど深夜に送られてくるようになったことくらいだった。




 半年が過ぎても彼女が大学に戻ってくることはなかった。


「大丈夫じゃないよな」


もしかしたらどこかで成功を収めているかもしれない彼女にそう送ったのは、自分しか気づいていなかった違和感を口に出せなかったことを悔いていたからだった。


もしかしたら彼女は成功するどころかどこかで苦しんでいるのかもしれない。


だとしたら。


自分の知る彼女は大丈夫かと訊かれたら大丈夫だと必ず言う人だ。


言い訳のように自分が浪人していたことも告げた。


そんな言葉で彼女が救われるのかなんて分からない。


だが、入学式の日彼が見惚れた笑顔を、華奢で自分より一回り小さい体を、初めて話した日の優しい声を、そしていつでも明るく朗らかだった唯のことを思わずにはいられなかった。

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