宙の苦悩
第30話
宙に弟ができたのは、小学校二年生の頃のことだった。
広々とした心を持って誰にでも優しく接することができる子に育ってほしい、という理由で弟は海と名付けられた。
家に帰ってきた母親が抱いているのは自分の片腕ほどの大きさしかない、すやすやと寝ている赤ちゃんだった。
これが、この子が海。初めての弟。小さくて自分が本気で抱きしめたら折れてしまいそうな手に指を差し出すと、寝ているはずの海がその指をきゅっと握ってきた。
ーーなんてかわいいんだろう。
「宙も昔はこんなに小さかったのよ」なんて言われても実感がわかなかった。確かにビデオで撮った自分の幼い頃の姿は昔両親が嬉しそうに見せてくれた。
こんなに小さいんだ。それがいつか僕みたいに大きくなっていくんだ。
それから宙は海がかわいくて仕方なかった。
宙は毎日小学校から帰って来るなりこれまで母に何度言われてもしなかった手洗いを済ませて、海を抱っこさせてとせがんだ。
抱いてみれば首もすわっていない海の頭がガクンと落ちそうになって、慌てて母の抱き方を思い出して頭を支えて腕で海を抱えた。
海は宙と目が合うとにこにこしていて、それがまたかわいくてたまらなかった。
海の首がすわって寝返りを打ったときも、つかまり立ちをしたときも親と一緒に大喜びした。
少しずつ、それでもぐんぐんと大きくなっていろいろなことができるようになっていく海を見ているのは飽きなかった。
その小さな弟が、「ママ」と「パパ」の次に「にいに」を覚えたことも誇らしかった
その日一日は「もう一回呼んで、ほらにいに、だよ、にいに」と海に自分のことを呼ばせたがった。
元々雷が鳴っても地震が起きても家族にたたき起こされなければ起きなかった宙には夜泣きなんて気にもならなかった。
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