第10話
大学でも明るく朗らかな唯の周りに入学早々人は集まった。
その一人が可奈だった。自分と違い根から明るい可奈を最初のうちは多少羨ましく思っていた唯だったが、その明るさと素直さに打ち解けていくのは早かった。
自分を見つけるとすぐに嬉しそうに笑って手を振って走ってきてくれるのも嬉しかった。
まっすぐで自分のことを大切にしてくれると分かるその言動に、可奈と一緒にいる時間は長くなっていった。
そして春学期最初の一般教養の授業で出会ったのが宙だった。
「隣、座ってもいい?」
混んだ講義室の中で訊かれて唯はどうぞと答えた。
講義は真剣に聴くタイプのようで、前列の黒板がよく見える席だ。
真面目そうな人だなあ、となんとなく眺めていると、
「俺、ホンダ ソラ。ホンダは普通の漢字の本田で、宇宙の二文字の字で宙。よろしくね」とにこやかに話しかけられた。
気づかれないように眺めていたつもりだったので一瞬虚を突かれたが、それで素が出るほど長く自分を創ってはいない。
「私は湊崎唯。湊咲は有名なアイドルの子の字で、名前は唯我独尊の一文字目で唯です。よろしくね」とこちらもにこやかに返す。
「唯我独尊って、そこは唯一の一文字目ってくるとこじゃないの? 面白いんだね唯さんって」と少し吹き出した宙に安心する。
この自己紹介ももはや自分の中では鉄板中の鉄板である。
高校までは名字で呼ばれることがほとんどだったため。最初から名前で呼ばれて少し気恥ずかしくなりながらも今度はこちらから話題を振った。
「私文学部なんだけど、宙さんは学部どこ?」
「俺はね、法学部。弁護士目指しててさ。唯さんは何で文学部選んだの?」
「私は心理学の勉強がしたくて。あと読書もずっと好きだったから」
「そっか、俺も心理学は取りたいんだよね、シラバス見たら三年くらいで発達障害の内容があるっぽくてさ。弟がADHDっていう発達障害で」
軽い話題の中から飛び出した発達障害というワードに体がこわばる。
「そっか、弟さん、どんな人なの?」
今の私は取り繕えているだろうか。表情は。仕草は。声は。
「ちょっとうっかりしてるとこあるけどかわいくてさ、いつもちょこちょこ俺の後ろついてきたりすんの。でも気づいたらどっか行ってる」
その言葉で少なくとも宙が発達障害に偏見を持っていないことを知り体が少し落ち着きを取り戻す。
自分から障害を打ち明けたことのない唯にとって、障害を持つ家族のことを嬉しそうに話す宙は少しまぶしく見えた。
宙との会話はなぜか少し楽で、そのあとも講義が始まるまで会話は続き、講義のたびに顔を合わせて話すようになった。
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