第5話

高校でも勉強は唯の好きなものであり続けたが、中学生の頃のトラウマから唯は自分自身を創りあげるようになった。


いつでも明るく愛想よく、周囲に合わせてころころと表情を変え、その場にいる人がほしいであろう言葉を放つ。


人と目を合わせるのは苦手だったが、自分の後ろを見ていると思って友達が振り返ることが多々あったのでそれもなんとか直そうとした。


一日中意識し続けて1ヶ月が経つ頃なんとか誰とでも目を合わせて話せるようになった。


適度にボケて適度に突っ込んで、口は堅く、自分の秘密は相手の秘密と等価交換。


ばれたら相手も困る情報を持っていれば自分の秘密が流出するなんてこともない。


もういじめられないように、もう悪口言われないように。


ある程度大きなグループに入って悪口は聞き流して本人には絶対言わない。


言われて悲しかったんだから自分から悪口は言わない、でも空気は読む。相手の変化には敏感に、何か変わってたらちゃんと褒める。遊びの誘いは極力断らない。物をもらったらきちんと同じくらいの額の物をお返しする。人の誕生日はちゃんと覚えておく。


唯の手帳には友人全員の誕生日が書き込まれるようになった。大して仲良くもない友達にもプレゼントしていたせいでお小遣いはすぐに消えていった。


こうしてれば大丈夫。もうあんなことにはならないはず。



 そんなことを四六時中意識して日中はずっと緊張していたせいか、帰宅してからはどっと疲れ、天上に向けた手を眺めながらため息をつく生活を送っていた。


やっぱり疲れるなこれ。でもいじめられるよりマシか、でも学校行きたくないな……面倒だし疲れるし。話もつまんないし。大体あの子達の面白いと思うポイントが全然分からないし。


次第に高校からは足が遠のき、高校二年の夏休み前には全く学校に通わなくなった。


家でも毎日友人の話をして明るく過ごしていたはずが、急に不登校になった唯を両親とも心配した。


三ヶ月後、世間体など気にも留めないタイプだった母親に精神科の不登校外来に連れて行かれた。ただでさえ十八歳以下の子どもを診てくれる病院は少なかったし、その病院も三ヶ月待ちでようやく診てもらえるような状態だった。


三ヶ月後唯が精神科を訪れて母に席を外してもらいこれまでの状況を話すと、その日のうちに「適応障害」と診断された。


当時まだ十六歳だった唯にとって、周りの空気を気にし続ける生活は苦痛以外の何物でもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る