エピローグ
第91話
それから奏斗は望を育てるために、少しでも苦労させないように、恥をかかせないように、育児書を読みあさり小学校に入った望の同級生の母親達にもできる限り話を聞いた。陽向はもういない、それでももう一人ではないのだから。自分が守らなければいけない人がもう一人いるのだから後を追うこともできない。それにそんなこと陽向は望まない。
ーー俺にできることは、望を育てること、望を素敵な大人にすること。それだけだ。
そう思って何日も何週間も何ヶ月も過ぎて望は一年生になった。毎日をできるだけ忙しく過ごして陽向の穴を埋めようとしたが埋まるわけもなかった。
ある日の午後、奏斗は半休を出して授業参観に行った。
教室の中で楽しそうに他の子どもと遊ぶ望を見て少し安心した。この子ははじかれていない、少なくとも今幸せそうにしている。
そして授業の時間になると、「自分のお父さんとお母さんについて」という作文の発表会が始まった。
普通の子ども達は皆、お母さんがいつもご飯を作ってくれて嬉しい、お父さんが頑張って仕事をしているのがかっこいい、と話していた。
望の番が来るのが怖かった。望は母親が小学校に入る前からいなかったことをどう思っているのだろうか。男一人に育てられたことをどう思っているのだろうか。聞きたいような聞きたくないような気持ちで過ごして、二時間目に望の番がやってきた。望が起立して、その瞬間人生の中で奏斗は一番緊張した。
望は大きな声で作文を読み始めた。
「一年三組 岩崎望 わたしのお父さんとお母さんについて
私にはお母さんがいません。私が五歳だったときに今の私と同じくらいの小学生の男の子を助けてお空に行きました。私はそれを覚えていないけれど、すごく優しい人だったからそれができたんだと思います。
お母さんは元々病気で段々目が見えなくなっていたけど、それでも毎日大好きだよって言ってくれていたのを覚えています。私もお母さんが今も大好きです。
お父さんは怒るときはすごくすごく怖い人です。でも毎日お仕事をして、私のことをよく見てくれて、お母さんと同じように毎日大好きだよって言ってくれます。私はお父さんの事も大好きです。
私はお母さんみたいに他の人を守れるかっこいい人になりたいし、お父さんみたいに毎日お仕事をして帰ってきてからもご飯を作ってくれるようなすごい人になりたいです。
私の将来の夢はお父さんとお母さんみたいな人になることです。結婚して子どもがもしできることがあったら、その子にも毎日絶対に大好きだよって伝えてあげたいです」
そう言って望は礼をした。周りから拍手が起きて、周りの親たちも泣きかけていた。人前でなんて、と思っても涙がにじんだ。これまでしてきたことが間違いじゃなかったんだと思って、きっと上から陽向が見ているだろうと思って、誇らしい気持ちになった。
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