第88話
必死の救命もむなしく、そのまま陽向は息を引き取った。救急車が着いた時にはもう手遅れだった。彼女はもう呼吸をしていなかったし心臓も止まっていた。一度動き出した心臓も、また止まって今度は動かなくなった。
何でもっと早く来てくれなかった、と本当は胸ぐらを掴んで責めてやりたかった。でも責めることもできなかった。彼らだって助けられなかったことをきっと少しでも悔いている。それに今俺が責め立てたところで陽向は帰ってこない。陽向が帰ってこないならそんなもんもうどうだって良い。
陽向はそのまま運ばれていった。ついていってせめて彼女を抱きしめて泣きたかった。それでも望にトラウマを植え付けてしまうのが怖かった。
呆然としたまま家について、泣きじゃくる望に説明した。
「望、ママは男の子を助けてお空に行った。もう会えないんだ。ごめんな、俺が守れなかったんだ。俺が悪かったんだ。ごめんな、もう会えないんだ。でもママはすごかったんだ、望みたいな子を助けて守ってあげたんだ。それでも会いたいよな、パパも会いたいけど会えないんだ。本当にごめんな」
ママ、ママに会いたいよ、ママ、だってさっきまで一緒にいたのになんで会えないの、ママ、大好きなのに、もう会えないの? ママに会いたいの、と言いながら望は大泣きした。その望を前にして泣くことも奏斗にはできなかった。
望を抱きしめてひたすらにごめんなと、ママはすごかったんだと、ママのおかげで助かった子がいたんだと、話しかけることしかできなかった。
くそ、あんな子どもなんか助けたから陽向は。あの子どもが飛び出してさえいなければ今もここに陽向はいたはずなのに。あんな不注意な子どものためなんかに。あの子に親が付いてれば、後ろの公園にいた誰かが止めていれば陽向は死なずに済んだのに。
その気持ちはその子のために命を投げ出した陽向には聞かせられないと思って言葉にできなかった。
陽向は最期まで素直で純粋で、優しい陽向のままだった。
俺たちのこと、見えなくなるまで見ててくれるんじゃなかったのかよ。見えなくなっても感じてくれるんじゃなかったのかよ。望の成人も結婚も、どんな大人になったのかも、俺から聞くんじゃなかったのかよ。俺と一緒に長生き、するんじゃなかったのかよ。
そう思いながらも体は望を抱きしめて大丈夫だ、ごめんな、と言い続けていた。
望は四十歳を迎えることなくこの世を去った。
彼女が最期に視ていたのは、助けた子の、ーー同じような年の望の、”未来”だった。
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