第77話
望はまた平日を絵本と一緒に過ごした。陽向の緑内障は段々と視野を奪っていった。左目の方が早く見えにくくなってきていた。
奏斗を送り出すときにまっすぐ目を見られないことが哀しかったが、それでも奏斗の顔が良く見えるように少しだけ横にずれて毎朝見送っていた。
その休日には林さんが奥さんを連れて家にやってきた。
「望、この人はママとパパと一緒に働いてた林さんだよ」
「林のおじさん!」「こら、林さんはパパと同い年だからお兄さんって呼ぼうね、望言ってごらん、お兄さん」「お兄さん」「そうそう、そうやって呼ぼうね」
「いいんですよ」と答えた林さんは子どもの無邪気かつ残酷な「おじさん」発言が痛烈に刺さったようでしばらく胸を押さえていた。
奏斗に「気持ちはよく分かる」とフォローを入れられていた。
望は初めて家に来た知らない二人に興味津々で、林さんの奥さんを連れて部屋中をツアーしていた。奏斗もそれについていった。
「望、寝る部屋は駄目だよー、……で、奏斗さん私が退職してからどうです? 優しくしてるつもりだって本人は言ってたんですけど」
「本郷さん……もう岩崎さんか、が辞めてからほんと人が変わったように優しくなったね、
しばらくの間は逆に怖がられて後輩が寄りつかなくなったけど段々本当に優しくなったらしいって噂が立ち始めて後輩達が皆寄っていくようになった。
最高だったねあれは、見せてあげたかったよ。皆の反応が面白くって営業部の連中も何があったんだって顔してて」
「うわーそれ私も見たかったなあ、奏斗さんやっぱり丸くなったんだ」
「鬼の角がどっかにいったね、本当に陽向さんのおかげだと思う。あのままだったらこの時代パワハラ上司にされても全然おかしくなかったしあいつ頭固かったからさ。
ガシガシついてくる後輩が働けるようになったの見て、陽向さんに優しくしろって言われてようやく丸くなった感じ。俺が言っても聞かなかったのに陽向さんが言うと違うね本当。
俺としては本当にありがたいです、ありがとうございました。……てことで望ちゃんの好みが分からなかったんだけどいくつかお菓子買ってきたからよかったらもらって」
「あ、うちの子何でも食べちゃうから見えない場所に置かないとすぐ虫歯とかになっちゃ……見つかった……」
「それなに望食べたい! おいしそう! 食べたい食べたい食べたい食べたい」「分かったよ一個だけね、後はまた別の日に食べようね」
はーいと言ったはずの望は食べ終わった頃にはもう一個だけ、と言いだしていて林さんから手をついて軽く謝られた。
「林さんが謝ることじゃないですから良いんですよ」と言って望が”林お兄ちゃん”に興味津々になっている間にお菓子を隠した。
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