第62話
次の日の朝、泣いたのが分かるような顔の奏斗を送り出した。
「さすがにこれはばれるよな」「バレバレだと思う」「しょうがないな、勲章だ」「行ってらっしゃい、無事に帰ってきてね」
そう言っていつものように鍵を閉めた後、望の元に向かった。
きっとまだ言葉なんて分からない。それでも毎日望に向かってビデオカメラを向けて話し続けた。
「私はね、ママの陽向だよ。パパは奏斗さんだよ。今お仕事に行ったんだよ、世界で一番かっこいいパパなんだよ。
ママはね、びっくりするような大きい会社にたまたま入れたの。そこでパパに会ったんだよ。
最初はすごく怖くって、仕事に行きたくないなって思ってたんだけど、それでもかっこいいんだって分かってパパのことが大好きになったの。
お仕事でもいつの間にか頑張ったねって言ってもらえることが増えてきて、ママすごく嬉しかったんだ。それでママはもっともっとお仕事頑張りたいって思ったしパパみたいにかっこよくなりたいって思ったの。
パパはママのことを大好きって言ってくれて、素敵なレストランで結婚しようって言ってくれたの。今でも覚えてるくらい素敵だったんだよ、お料理も美味しかったしパパもすっごくかっこよかった。
いつか望も大きくなったら一緒に行こうね。
……あ、笑った。奏斗さん、笑ってくれたから二人で奮発してもう一回、今度は三人で行こうね。
ママはね、病気にかかっちゃって望が大きくなる頃にはきっと望の顔が殆ど見えなくなっちゃうの。
それがすごく残念だけど、ママはパパと望のことをとっても愛してるの。
それでパパも目が見えなくなっちゃうことを知ってもまだママのことが大好きだよって言ってくれたの。とっても素敵な人なんだよ。
だからもし望が大きくなったときにママの目がもう見えなくても許してね。あなたに遺伝していないと良いな。
何にもなれなくても、何も上手くいかなくても、ママとパパはずっとずっと望のことを愛してる。大好きだよ。
だから何にでも挑戦して良いし何度失敗してもいい。辛くなったらママとパパのところに帰っておいで。絶対に味方だからね。
愛してるよ、パパ、望、二人とも大好きよ」
そこで充電が切れてしまったのでビデオを切って、充電してからまた話し始めた。
一日中、望が泣いているとき以外はずっと話しかけ続けた。歌もたくさん歌って聞かせた。大きくなったときに覚えていなくてもいい、それでも私はこうやって過ごしたい。
そしてまた空が暗くなって奏斗が帰ってきた。
「おかえり、会社でなんて言われた?」「鬼も嫁には負けるんだなって林に笑われた」「確かにそうね、林さん最高、鬼の嫁からよろしくって言っといて」
そう言いながらゆったりと三人の時間は進んでいった。
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