第60話
陽向は不安で毎朝起きて必ず見える部分が減っていないか、いつものように奏斗と望の顔が見えるか確認していた。
変わっていないはず、と思ってみてもこれから先二人の顔を見られなくなると思うと朝から少しだけ泣いてしまう日もあった。
奏斗は毎回必ず抱きしめて「大丈夫だ、俺が一緒にいるから」と言ってくれた。
陽向は毎朝必ず奏斗と手を繋いで出社して、手を繋いで帰ってきた。奏斗が絶対に事故に遭わせないように周りの段差一つでも教えてくれた。
保育園の送り迎えも必ず二人でした。
必ず目薬だって使った。お父さんにも電話して絶対使った方が良いと伝えた。
どんな姿になっても良い、だからできる限りあなたたちを見ていたい。
月末になって陽向は後輩から礼を言われながら会社を退職した。帰り道ここを通るのが最後になるのかと思うと少し名残惜しかった。それでももう決めた。
私は愛する二人を見るために、一瞬たりとも愛する二人の人生を見逃さないようにこれからを過ごすんだ。
月末の休みには、三人で陽向の家族にも会いに行った。
「もう十年しか私の目は見えない、だからお父さんは少しでも長く好きなものを見られるようにしてほしい。絶対に治療し続けて欲しい」と言うと、父は「調べたら遺伝の可能性もあるそうだな。もし遺伝させてしまったなら本当に申し訳ない。……本当に、本当にもう十年しか見えないのか」と信じたくないような顔と震えた声で言った。
「そうなの。できるなら私も信じたくないんだ。でもごめんね、できるだけ会いに来る、できるだけ電話もする。だから私の最後の十年を愛する二人と過ごさせて欲しい」
家族は二人とも泣きながら陽向の言葉を受け入れた。その時もう陽向に涙は残っていなかった。もう泣き尽くして覚悟は決まっていた。
陽向は奏斗がいないときは事故に遭わないように必ず信号機も周りもよくよく見てから歩くようになっていたし、仕事を辞めてからは望を保育園に預けるのも止めて家で一日を過ごした。一日一緒にいるとそれまで見られなかった望の姿が見えて、それも嬉しかった。
奏斗は毎日できいる限り早く帰ってきてその日どんなことがあったのか必ず聞いてくれた。
「今日ね、この子笑ったの。おもちゃでくるくる回るのが面白かったみたいで、ニコニコしてて。写真も撮ったよ、動画も撮った。今度一緒に見ようね」
「ああ、見よう。俺のご飯で良いなら作るから食べてくれないか、陽向の手元が狂ったりするのが怖いんだ」
「まだ見えなくなるのは十年先の話だから大丈夫だって。作らせて、今日も頑張ってきた奏斗さんのお話聞かせて」
そう言って話すときには必ず奏斗の顔が映るように動画を撮った。奏斗はたまに画面を見てポーズしながら、それでも陽向の目を見て話してくれた。
涙は涸れた、決心もした。陽向は自分の運命を受け入れて生きようとしていた。
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