第59話
次の日奏斗と一緒に出社した陽向は会社に辞表を出した。
引き留められたがそれも全て断った。残る気などもう全くなかったのが伝わったようで、そのまま退職が決まった。
その日は一月半ばだったため、その月終わりに会社を辞めることに決まった。
ここが、私が最初は怖くて仕方なくて、毎朝憂鬱になりながら来た場所。毎日のように残業して、毎日必死に食らいついて、いつのまにか仕事ができるようになっていた場所。
いつの間にか超えていきたい人が、ーー愛する人が、できた場所。今も大好きな場所、でも今月いっぱいでおしまい。
私はここで見るメールよりも、仕事の案件よりも、望を見て、触って、一緒に時間を過ごしたい。二人で一緒に奏斗の、愛する人の帰りを待ちたい。
少しでも大きくなっていく望を見て、たくさん写真を撮って、行事の時は録画して、私の脳に少しでも多く焼き付けたい。少しでも長く見ていたいし感じていたい。
いつか何も見えなくなる時が来ても、その時を幸せに、家族に囲まれて過ごしたい。望が家を出たら今度はまた二人で穏やかに過ごしたい。
見えなくなってもここか、それかどこか小さな企業ががまた雇ってくれるならその時にまた仕事に戻ってくれば良い。
最初は採用されたこと自体信じられなかったんだ。私がこんなに大きな企業で働けたこと自体ラッキーだったんだから、良い夢を見させてもらったと思えばいい。
だから、それまでの十年間を私は愛するもののために使いたい。
望の成人した姿だって、その振り袖だってできるなら見たい。でも、どうしても見られないなら、奏斗さんに教えてもらいたい。
奏斗さんが私の目の代わりになってくれる。それまでに、見えるうちに、愛する二人の顔をたくさん触って、どんな表情をしているのか分かるようにだってなりたい。
きっと背の高い奏斗さんだって、私がそういえばかがんで目線を合わせてくれる。大好きな人だから、優しい人だからきっとそうしてくれる。
望のことだってずっとみていればきっとどんな顔になったか、どんな顔になっていくのか分かる。
私だってずっと働いてきたんだ、家に入ることにしたってきっと望が行きたいところに連れて行けるくらいのお金はある。
望をどこにでも連れて行って、その目が輝いてるのだっていっぱい見たい。
私は何もなくても愛されてるんだから何もできなくっても望のことを愛したい。望には何になれる道もある。望には無限大の可能性があるし、私みたいにまさかの出会いもあるかもしれない。
でもなんにもなれなくっていい、ただ「何にもなれなかった、ごめんね」って笑ってくれればそれだけで良い。あの子が元気ならそれだけでいい。
奏斗さんも長生きしてくれればそれだけでいい。会社をクビになって二人でもやし生活だっていい。
だから、私は残った時間全てであなたたちのことを目一杯愛したいの。
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