第57話
止まったはずの涙は、家について荷物を下ろした途端に流れてきた。陽向はリビングで崩れ落ちた。
「陽向、「どうしよう、わたしもうあなたの顔も、望の、成人も見られないの?
もう、仕事だってできなくなる、もう何も見えなくなったら、私はどうしたら、大好きなあなたの顔を見てそれを人生の最期にしたかったのに、
いつか、いつか望が、連れてくるかもしれない男の子に、顔を見てよろしくお願いしますって、言うことさえできなくって、
こんな、こんなことって、こんな酷いことって、だってあと十年って、それってお医者さんからしたら長いのかも、しれないけど、私にとっては、望が生まれたばっかりの私にとっては、ほんの少ししか、なくって、なんで、なんで今なの、
なんでもっと年を取ってからじゃなかったの、私今まだ三十歳にも、なってないのに、それを、全部、緑内障だからって、これからの景色を全部、全部、
見たかったものも全部、見られなくなっていって、奏斗さんがいなかったら、私望と一緒に轢かれてたかもしれなくって、
こんなに、こんなに大事な人の、大事な人との、大事な子を、殺してたかも、しれなくって、奏斗さんから何もかも、奪ってたかも、しれなくって。わたし、
これから、外に一人で出たら、そのまま帰ってこられないかも、しれなくて、そんなの、奏斗さんにも、望にも、お母さんにもお父さんにも、
そんなの、そんなの見せられなくって、聞かせられなくて。じゃあ私はもう、ひとりっきりで、家にいるしか、なくって、私もう、
「分かった。大丈夫だ陽向、ごめん俺のせいで傷つけられるようなところに連れて行った。」
何も言わずにただ聞いていた奏斗がそれだけ言った。
それがまた悔しくて、奏斗が自分のせいで責任を感じているのが悲しくて、また涙がこぼれてきた。
「私、わたし、大好きなの、あなたのことも、望のことも、大好きで、愛してるの。だからもう、だからもう私にできることは、
そとにでないで、何もしないことしか、なくって、わたし、そうやって生きていくから、だから、捨てないで、だからまだ傍にいて、お願い、私もう、ひとりじゃ、生きていけないの、だから、」
そこまで言ったところで過呼吸になって陽向は何も言えなくなった。
奏斗が背中をさすってくれて、口を軽く押さえてくれて、ゆっくり呼吸しろと言ってくれて、それでも呼吸は止まらずにどんどん早くなっていった。
手先から、足先から冷えていく。私このままもう死んじゃうんじゃ、もういっそそうならいいのにと思って陽向はそのまま意識を落とした。
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