第56話
次の日に大病院で並んで見てもらった結果は奏斗の予想通り緑内障だった。
「この病気は気付くのが遅れるケースが多いんです。岩崎さんの場合はかなり進んでいます。頭痛とか、どこかが見えないとかそういったことはこれまでにありませんでしたか」
「ありました、でも妊娠したからだと思っててまさか緑内障だなんて思ってなくて、」
その言葉に医師がため息をついた。
「……ならなんでもっと早く「ちょっと待ってください。気付かなかったのは彼女のせいじゃない、元々気付かない例が多いなら彼女もその中の一人だったってだけだ。
どうして陽向を責めるようなことが言えるんだ、彼女が今一番混乱してるのが何で分からない。
ただでさえ妊娠してその症状に頭痛もあった。他の病院で乱視だって言われて、そうだと思ってる中で、事故に遭いかけて俺が気付いたから来られただけだ。どうしてそんなことが言える。どうしてそんな残酷なことが言える」
「まって、奏斗さん、良いの、私大丈夫だから。……私蚊が見えると思ってたんですけどそれも症状の一つですか」
そう落ち着いて聞けたのは、自分より先に奏斗が怒ってくれたからだった。
「そうですね、視野に欠損があると言うことです。残念ながらこの病気は失明の確率が日本で一番多い病気で、両目を発症することは極めて稀なケースです。あなたは両目を発症しています。
そして残念なことにあなたの病気では目薬をさしてできるだけ失明を先延ばしにすることしかできない」
「……失明、するんですか、いつかは」
「あなたの症状はもうかなり進んでいます。残念ですが長くてもあと十年であなたの目は見えなくなるでしょう、それ以降は殆ど失明に近い状態になると思われます」
それでもそれ以上保った方はいます、希望を捨てないでくださいと言う説明はもう陽向には届いていなかった。
あと、十年。それ以上経ったらもうこの最愛の人の顔も、望の顔も見られなくなるって言うの。
望が成人して振り袖を着た姿だってもう見られないって言うの。
私がこれまでやってきた仕事も、せっかく結果を勝ち取って認めてもらえて大好きな人に出逢えた仕事場も、もう私には行けない場所になるって言うの。
もう何も見えなくなるの? この世のもの何も?
ほんの少ししか変わらなくて殆どの人には分からないあなたの表情の変化も、育っていく望が私に似るのか奏斗さんに似るのかさえも、もう見えなくなるの?
私だけが分かったはずのあなたの機嫌だってもう見えなくなってしまうの?
まだまだ見たい景色だってあるのに、老後になってから二人でゆっくり行きたい場所だってあるのに、その景色ももう見えなくなるってこと……そんな、ことって、そんなことって、そんな酷い事って、
涙が溢れてきていることに陽向は気付かなかった。
「そんな、こと、何も、見えなくなるんですか、」
「……残念ながら殆どは見えなくなっていくと思います」
医師の言葉は重く、それ故にそれが逃れようのない真実だと言うことを突きつけられた。
そんなこと、あっていいの。そんな、なんで今なの、なんで私なの。どうしてせめてもっとおばあちゃんになってからじゃなかったの。なんで、なんで、なんで、絶対に望は誰より可愛くて素敵な子になるのに、それさえ見られないの。
隣から抱きしめられて聞き慣れた声が、少し怒ったような声が「ありがとうございました」と言って二人は診察室を出た。
涙は不思議なくらいすぐに止まって、そのまま薬を受け取って呆然としたまま家に帰った。
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