第55話

二人で新しい眼鏡をかけて信号を待つ帰り道、陽向は普通に青信号を見つけて走り出そうとした。そしてそれを奏斗が押さえつけた。


「ちょっと待て陽向! 赤だぞ、何やってんだ今車も来てたし危なかった、……無事でよかった」


心からの安心したという声色に、無事でよかったという言葉に、その体を望ごと抱きしめている大きな体に少し泣きそうになった。


今度こそきちんと青信号になったのを見てから信号を渡り出す。


「さっき何で飛び出そうとした、普通に赤信号だったし車も来てただろ」


「え、そんなの全然見えな……」


そこまで言いかけて心が凍った。え、そんなの全然見えなかった。どこにも車なんて見えてなくて、新しい眼鏡をしたはずなのに、目に問題はもうないはずなのにそんなの全然分かってなくて、ただでさえ青信号だと思ってて、もしこのまま走ってたら望を抱いたまま車にはねられるところで。もしそんなことになってたら、もし奏斗さんが望を抱いて走り出して轢かれたら。愛する人を二人同時に失うことになってたら。私、私のしたことって、


「とりあえず家に帰ろう、話はそれからゆっくりすればいい」

混乱し始めた陽向から望を抱き変えて、空いた手で陽向の手を取って家まで帰った。


家に着いてから寝始めた望をベビーベッドに寝かせてパソコンで検索をかける。


奏斗には一つ思い当たる事があった。一つの画像を拡大して陽向に見せる。


「陽向、この画面の中に気球いくつ見える。ゆっくりでいいから顔動かさずに数えて欲しい」


「気球? ちょっと待っていっぱいあるからじっくり数えるね、一、二、……ああ間違えたもう一回数える」


顔を動かさないように、その指示を聞きながらしばらくして陽向は二十と答えた。


それを奏斗は黙って聞いてしばらく黙ったままだった。そして落ち着いて聞いて欲しい、と言った奏斗が返した。


「俺にはこの画像の中に二十五個気球が見える」


え、まって何度も確認したはずで、絶対数え間違わないように、もう一回数えて……やっぱり二十個しかない、どういうこと、どういうこと、なんで見えないの、何がおかしいの、どうして、


「陽向大丈夫だから落ち着け、大丈夫だ。いいか、大丈夫。……そうだ。それで明日休み取って中央病院行ってこい。緑内障かもしれない」


「りょくないしょ、ってもっと年取ってからなるはずじゃ、だって私まだ三十にもなってない、そんなわけ、「大丈夫だ、あくまで俺の心配事を減らすためだと思って行ってくればいい。心配なら俺も行く」


「奏斗さ、一緒に来て、わたし、「分かった、大丈夫だ一緒に行く。二人で休み取っていこう。大丈夫だ、安心しろ、俺が傍にいるから」


その日は一日不安でいっぱいなままで何度も泣きそうになっては奏斗に抱きしめられて静かになるのを繰り返していた。

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