第54話

次の日には三人で眼鏡を選びに行った。陽向に抱かれた望は初めての眼鏡屋さんにキョロキョロしていた。そんな姿も可愛いねえ、と言いながら二人で似合いそうな眼鏡を端からかけていく。


「これとかどう? ちょっと真面目すぎるかな、なんかいかついかも。私のかわいげが消える気がする」


「自分でかわいげとか言うかねえ。でも似合ってるんじゃないか? 少なくとも物覚えが今でも悪いようには見えないし、賢そうに見えるぞ。手帳なくしたら仕事に影響が出るようなやつには見えないな。後輩ももっと寄ってくるようになるんじゃないか」


「ちょっと奥さんに向かって失礼。奏斗さんはそれ似合わないよ、三割増しで怖く見えるもん。鬼に金棒レベル。もうちょっと柔らかい丸めのやつが良いと思う」


「ったくそっちこそ言い様ってものがあるだろう……じゃあこれは」


「あ、それ良い感じ、ちょっと柔らかくなる。それの黒よりかは茶色かなあ、……うん、それ絶対一番似合う。かっこいい、さすが私のパパ。ねー望、パパかっこいいよね」


「望はともかく陽向の親になった覚えはないけどな。じゃあ俺はこれで決まりだ。陽向はそれとかどうだ?」


「あ、良いかもこれ。……待って待って望こんな静かなところで泣かないで眼鏡引っ張らないで、これ壊しちゃ駄目なやつだから。……よしよし大丈夫だから、おなか空いちゃったかな? そんな時間でもないか」


「陽向眼鏡見てろ、俺しばらく望のこと外で見てるから。落ち着いたら戻ってくる」


「うわーんありがとう奏斗さん大好き、超特急でいいの探しとく」


奏斗と望が落ち着いて戻ってきた頃には陽向は結局最初に奏斗に褒められた眼鏡に決めていた。

二人で順番に視力検査をして眼鏡を作ってもらう。作られた陽向の眼鏡を覗いて奏斗がよろめいた。


「うっわ陽向どれだけ目が悪いんだ、これすごい歪むぞ」


「実はその昔ね、私のこと遅くまで仕事させた鬼上司がいてさあ。その鬼のせいかもしれないな、この目の悪さはもしかしたら」


「……悪かった、俺のせいか。すまん」


望が生まれてから奏斗は多少柔らかくなったようで、私生活でも押し黙っていたところを素直に謝るようになっていた。


またそれは仕事でも同じだったようで、奏斗のところに質問に行く新人も徐々に増えていた。陽向や同期と違って表情で機嫌の読めない上司だったのが、印象が少し柔らかくなっていた。自分の夫が更に人に頼られるような存在になったと思うと陽向は嬉しかった。

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