第52話
望を受け入れてくれる保育園は見つかったものの、そこの受け入れは生後三ヶ月からだったため、産休後一ヶ月を休養に費やして陽向はまた本社ビルの前に立っていた。
もうあの時とは違う、怖いものなんて何もない。ここは自分を受け入れてくれる場所だ。
研修に必死についていった時とも、岩崎に睨まれながら仕事をしていた時とももう違う。もう自分は仕事を自信を持ってできるようになっているし、結果も伴っている。もうここは立ち尽くして行きたくないと思う場所じゃない。
そう思うとなんだか感慨深いような気がして、少しだけ立ち止まってから先を歩いていた奏斗を追いかけて一緒に出社した。
さすがに何ヶ月もブランクがあると仕事がしにくい、手順もいくつか忘れているような気がする。でも私にはメモが詰まった虎の巻がある。これがあれば大丈夫。……ちょっと不安だけど。それでも陽向は他の社員よりも早く仕事を進めていった。
保育園に預けたときに大泣きしていた望の姿が目に浮かぶ。やっぱり私家で一緒にいてあげた方がよかったのかな。さみしい思いさせてるのかな。私お母さんなんだからせめて一歳までだけでも一緒がよかったかな。
……でも会社来たからには仕事しなきゃ。
奏斗さんだって仕事する姿を見せるんでもいいんじゃないかって言ってくれてたんだし。……ああ、邪魔だなさっきから。
パンと目の前で手をはたく。逃がしたか、また蚊が……え? 今はもう十一月のはずで蚊なんているわけがなくて、さすがにそんなわけ、でも今いたはず、で、
その様子に岩崎もおかしいと思ったようだった。
「どうかしたか本郷」
「いや、蚊がいたと思ったんですけど、こんな季節にいるわけなかったなと思って。まあでも、久しぶりに画面見たからチカチカしてるんですかね」
「それならいい。顔色悪いけど大丈夫か?」
「いやなんか頭も痛くて。前は妊娠のせいかと思ってたんですけど、もう出産もしたしそうでもないみたいで。婦人科でも内科勧められてたんで今週末行ってきます。ご迷惑おかけしてすみません」
「迷惑なんてかけてない、こっちが勝手に心配しただけだ。産後すぐなんだからあまり無理するなよ、これは同僚としてだ」
「ありがとうございます」
そう言って薬を飲んでその日も仕事に打ち込んだ。
帰りに迎えに行った望は嬉しそうな顔をしていて、保育園の先生からも元気でしたよ、と言われて安心した。きっと望が心配なのは変わらない。それでも明日からも会社に行けそうだと思った。
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