第51話

望の夜泣きは酷かった。二時間ごとに泣いて目を覚ましては抱っこしてみても歌を歌ってみても泣き止まず、やっと寝付いたと思って眠ろうとしても深い眠りにつくまでにまた望が目を覚まして泣き始めるのが毎日のように続いた。髪も抜けていく、肌もボロボロになっていく。陽向はその日々に完全に消耗していた。


自分が寝ている間にこの子が死んでしまったらと思うと、起きないなんて事も絶対にできなかった。


辛いよね、望も寝たいよね、寝られたら良いのにね、でもママも苦しいや、抱っこしてる腕も痛いけど寝かせたらまた泣き始めちゃう。望、どこか痛いのかな、おなか空いたのかな、なんで泣いちゃうのかな。辛いね、どうして欲しいのか言えなくて苦しいね。


でもごめんね、望が泣くことは普通のはずなのにママも苦しいや。


この子のことをとってもとっても愛してるはずなのに望の泣き声が苦しい。私この子を愛せなくなってしまったらどうしよう。


そう思って望を抱いて子守歌を歌いながら自分でも涙を流してしまう日が何日もあった。


私はこの子が何より大切な、はずで、この子のためならどんなことも我慢しなきゃいけないはずで、なんだって耐えられるはずで。でもこの子の泣き声がこんなに苦しくて。いつかこんなに大切な子を殺してしまったりしたらどうしよう。虐待なんて愛していればしないと思ってた、でも本当はこんなに近くにあるものなんだ。怖い、私がもしそうしてしまったらどうしよう。


「望、大丈夫だよ」と言いながらそれを自分にも言い聞かせていた。大丈夫、大丈夫、大丈夫のはず、そのうち夜泣きだっておさまってくるはず、苦しいのなんて今だけだから、毎日残業してた日に比べればこんなのなんて事ないはずで、だから私がこの子を守らないと、私がこの子を誰より愛さないといけなくって、私が愛さなかったらこの子は幸せになれなくって、


「陽向、代わる。もう限界だろう、少しでもゆっくり休みな」


「奏斗さん明日もお仕事あるのにそんなことできない。私大丈夫だから、奏斗さん気にしないで寝てて」


「そんなことどうだって良い。仕事場に俺の代わりはいるが、この子の父親に代わりはいない。ごめんな陽向、俺が気付くのが遅くなった。少しでも良いから休んでくれ。陽向の旦那も俺しかいないんだからこれくらいさせてくれ。泣くほど辛くなる前に俺のことを頼ってくれ、父親としてそれくらいのことはさせてくれ」


そう言って奏斗も何度も夜泣きの対応をしてくれるようになって、ミルクも作った物を飲ませてくれるようになった。




ミルクだって、本当は私があげた方が良いはずなのに、夜泣きだって働いてる奏斗さんに頼り切ったらいけないはずなのに。私ばっかり休んでる、私ばっかり楽してる。


そう自分を責めてしまう日も多かった。




病院で定期検診に行って眠れなくて辛いことを話すと、陽向のために睡眠薬を出してくれた。


「私の母乳で育ててあげたいし、この子が苦しいとき気付かなくって死んでしまったらと思うと飲めません」陽向はうつろになった目でその薬を拒否しようとした。



「いいんですよ、お母さんはこれまで望ちゃんのために苦しい夜をきっとたくさん過ごされてきましたよね、その辛い気持ちは望ちゃんにも伝わってしまいます。


泣くのは赤ちゃんの仕事のようなものです。だから安心して薬を飲んでゆっくり眠ってください。母乳も推奨はしますがそうでなければいけないなんて事はありません。


起きているときに、元気なときにあげられればそれで十分です。元気なお母さんがいればこの子も元気に育っていきます。まずはお母さんの元気が必要です、飲んでしっかりお休みになってください」


その言葉に救われて涙が出た。それから陽向は睡眠薬で眠るようになり、望への純粋な愛情も戻ってきた。

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