第49話

妊娠予定日の六週間前になってから陽向は産休に入った。名前は早々とのぞみに決まっていた。将来何にでもなれる、希望に満ちあふれた子だからという理由だった。


「子ども産んだら仕事どうしよう、奏斗さんどうした方が良いと思う?」


「そうだな、しばらくは育休取るとしてもそれからは陽向が働きたいなら会社は大歓迎なんじゃないか。


子どもに俺たちの人生の主役をしばらく譲ることにはなるし、働けばそれなりに大変なこともあるだろう。


でも俺もいる。なにより主役を譲るって言ったって陽向の人生だ、陽向仕事好きだろう、それなら働いている姿を、それで楽しそうにしている陽向の姿を望に見せるのもありなんじゃないか」




「そっか、私のおうちは農家だったから朝早くとか一定の時期以外はいつもお父さんもお母さんも傍にいてくれてて、それが一番か悩んでたんだけど。働いてるママでもいいのかな。さみしくなったり、自分が置き去りにされてるって思ったりしないかな」




「俺の母さんは働いてたぞ、でも親に見てもらえないとか専業主婦の家の友達が羨ましいとか思ったことはなかったな。少なくとも俺は覚えてない」



「なるほど。まだ時間あるけど働いても良いかな、この子が保育園に入れるくらいになったら。……その時私に会社の席残ってるかな」



「残ってるに決まってるだろう。今の期間ですら陽向がいなくなって相談できなくなった後輩が半泣きで俺のところに相談に来る。……全く俺じゃ駄目だってかあいつらは」



「そんなことないよ奏斗さんはかっこいいし仕事もできるよ、ただもうちょっと、私にしてくれるくらい優しくしてみたら?」



「林になんて言われるか分かったもんじゃないな、そんなことになったら。あいつに笑われるに決まってる。まあでも陽向に負担かけてた分だ、考えてみる」



「奏斗さんパパになるって分かってから一段と優しくなったよね、丸くなったって言うのかな? 昔は私が怖がりすぎてたのも多少……ないな、怖かったやっぱり鬼だった私の思い出が美化されすぎるところだった危ない、あの鬼時代にはもう戻りたくない」


「そろそろ美化されてくれてもいいんじゃないのか、今も俺はあいつらに鬼だと思われてるのか……」


「今は私からしたら信頼できる戦友って感じだけど後輩達からしたら間違いなく鬼。訴えられたら私もあっちにつく。全力で援護する」


「さすがにそれはフォローしてくれよ……でも分かった、多少は考えておく」


「大丈夫だよ奏斗さんなら。絶対もっと優しくなったらもっと良い先輩になるよ。私みたいな惚れちゃう女の子ができちゃったら嫌だけど」


「できるわけあるか指輪二本もはめて会社中で夫婦って知られてるのに。まあ無理するなよ、何かあったらすぐ起こせ。じゃあおやすみ」


「おやすみなさい」

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