第46話

しばらくしてから陽向のつわりが酷くなって陽向は産休の前にしばらく休みを取ることになった。


陽向のつわりは酷い方で、炊いたご飯の匂いだけで吐くことも何度もあった。


栄養を取るようになどと言われていても、目の前にある食事の景色とその匂いだけで吐けるものがないはずの胃から何かがせり上がってくる。吐いた後は喉の奥から酸っぱくなった。


日中は殆どを寝て過ごし、家事も奏斗から無理をしないようにと言われていたため、何をするのもやめて休むことに専念した。いつもなら止められていてもやるところだったが、それをやる元気すら残っていなかった。


食べるのも駄目、匂いも駄目、歯磨きも駄目、気持ち悪い、頭も痛い。最近まで食べるのが大好きだったはずのものですらトラウマになりそうなくらい見ただけで吐き気がする。


通う病院までの中に電車に乗らなければいけない、そこの人が多いことも香水がきつい人がいることも苦しい。辛くて階段は使えないがエレベーターは匂いがこもる。香水の強い人が一人でもいれば、それでまた吐き気がしてくる。なんなら前に乗っていた人の残り香も辛い。


この子のことは可愛いし愛せるはずだけどこんなに苦しいなんて聞いてない、こんなに気持ち悪くなるなんて授業でも聞いたことない。保健体育でそういうことこそ真っ先に教えて欲しかった。全国のお母さんは、私のお母さんはこれを乗り越えて子どもを産んだって言うのか、と思うと尊敬の念がわいた。ありがとうお母さん、今更だけどありがとう産むまでのこの期間を耐えてくれて。


その日も殆ど何も口にできないま寝ていた陽向に、心配した奏斗はできる限り早く帰ってくるようになっていたし、飲み会も全て断っていた。

陽向が飲みたくならないようにと自分も酒を止め、それまで吸っていた煙草も副流煙で子どもに何かあったらと思って止めた。


自分に何もできないことが、変わってやれないことが苦しい。でも、確実にそれ以上に陽向は苦しい。


「父親ができることなんて働いて稼いでおくことだ」なんて抜かす先輩の言葉は全て無視してできる限りの時間を陽向の傍で過ごすようになった。


そんな前時代的な考えに乗っていられるか。そんなの男側の楽をしたいがための言葉だ、俺は稼いだ上で陽向をなんとかしてやりたいんだ。


陽向の食べられるものは何か、健康に良いのは、妊婦に良いのは何か。それからおなかの中の赤ちゃんに良いのは何か。


その長く苦しい時間を奏斗は調べ尽くして、なんとか陽向が楽になれるようにとマッサージしたり食事作りを工夫したりして過ごしていた。

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