第40話

結婚式当日、陽向は当然のごとくド緊張して恒例のごとく忍者歩きをしながら奏斗に引きずられて式場に着いた。


それからは準備で忙しくなって案外緊張する暇はないもので、バタバタと着替えやメイクをしていたらいつの間にか式は始まっていた。


扉が開いてバージンロードを歩くとき、陽向の目には周りの人なんて見えていなかった。その腕に、隣に父親を感じながら、その目には奏斗しか映っていなかった。


奏斗さん、いつももかっこいいけど今日はもっとかっこいい。私、今日改めてこの人のものになるんだ。


「病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、二人で支え合っていくことを誓いますか?」という定番の台詞にも二人ではっきりと返事をした。


改めてはめられた華奢で綺麗な指輪にも幸せを感じた。


その後の結婚式は、散々岩崎の同僚に冷やかされながらの誓いのキスとなった。奏斗はかなり不機嫌な顔をしながらも陽向に触れる手は優しかった。陽向からしてみれば冷やかしは予想通りだったので、その手が優しかったことで差し引きしても嬉しいくらいだった。


その後の手紙を読む流れでは、自分の読んだ手紙で両親が泣いているのを見て自分が家族と離れることを実感した。

あんなに心を開いて奏斗さんと話していたお母さんもお父さんも、実は少なからずさみしさを感じていたんだ。それでも自分を送り出してくれるんだ、と思うと自分も涙が出そうだった。


それからも同僚から散々に冷やかされ盛り上げられて、奏斗はずっとむすっとしたままだった。奥の席で林さんがいつものごとくクツクツと笑っているのも見えた。


いいもん、奏斗さんドレス似合ってるって言ってくれたし、幸せな顔はさっき十分独り占めしたから良いんだもん。むしろ他の人に見られなくってすむならその方が良いくらい。他の人達に奏斗さんの可愛いところなんて、私を見てくれる時の顔なんて見せたくないもんね。そう思いながら陽向は式を楽しんでいた。


奏斗の方を見ていれば自分には分かる悪くないという顔をしていたし、陽向と目が合ったときその顔は一層優しくなった。


そしてそれを見て同僚の盛り上がりは更に大きくなった。「おいお前、見たことない顔してるぞ。あの鬼はどこ行った」という言葉も聞こえてきて少し笑ってしまった。

陽向が笑ったことでまた奏斗の顔は仏頂面に戻っていたが、それでもよかった。


その時二人はまさに幸せの絶頂にいた。


だから、まさかその"病めるとき”が自分にこれから来るなんて思いもしていなかった。

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