第37話

婚約の挨拶を済ませてからしばらく経った後、奏斗は陽向を予約三ヶ月待ちと言われるレストランに誘った。


「さすがに意味は分かってるな?」


「はい、さすがに分かってます。でもどうしよう、着ていく服がないです奏斗さん」


「じゃあそれも買いに行くぞ。今から出かけられるか」


そう言って二人で素材の良い装飾のシンプルなワンピースを買った。試着室の中から「奏斗さんこれ私似合ってますか……」と自信なさげに聞こえた声にカーテンを開けてみればざっくり肩のあいたワンピースを着た陽向が緊張してうずくまっていた。


「それじゃ見えない、立てとりあえず……うん、似合ってる。綺麗だ」


「綺麗、綺麗……綺麗?! 私が?!」


「それ以外に誰がいるんだ、よく似合ってる。陽向がよければ俺はこれが一番似合ってると思うぞ」


その言葉に陽向は即決でそのワンピースにすることにした。金額を見て目眩がして止めると言ったときにはもう奏斗が買った後だった。


「あんな高い服、どうしようお腹いっぱいになって破けたら」


「陽向細いだろ、そんなことになったら俺が隠して歩いてやる。なんならお姫様抱っこでも何でもしてやるから安心しろ」


その言葉にそれはもっとなしだ、おなかへこませて歩こう、と思いながら家に一度帰って着替えてメイクを変えた。


髪も仕事の時はいつも邪魔にならないポニーテール一択だったが、その日は巻いて肩が見えるように片側に流す形にした。


姿見の前で何度も回って自分の姿を確認する。いいのかな、これで大丈夫かな、奏斗さんに誘われて食器の使い方とかマナーはいっぱいサイト見たけどこれで本当に大丈夫なのかな、もうちょっとメイク直した方がいいかなリップ落ちたら嫌だし……「似合ってるじゃないか、いつもと雰囲気が違って綺麗だ」「キャッ何でいるんですかいつから見てたんですか」


「姿見の前で回ってたところからだな」


「最初からじゃないですか! ノックくらいしてくださいよどうするんですかまだ着替え中だったら」


「今更だろそれも。大体俺の部屋で脱いで勝手に寝てたのは誰だ?」


「ちょっとまた引っ張り出さなくても良いのに!」


「俺は言っとくがあの日から半年意識しまくりだったぞ、陽向は脳天気に働いてたが女の方から告白されるなんて滅多なもんでもなかったし」


「えっ嘘、そんなふうには見えなかったのに全然」


「五歳も上の俺がそんなので、しかも酔っ払いの言葉で仕事に支障出してたまるか。大体俺が仕事中に少しでも変わってたら陽向が動揺してただろう。とりあえず似合ってる、綺麗だし可愛いし、その髪も洋服に似合ってる。自慢しながら連れて歩けるレベルだ、まあいつもそうではあるがな」


「なんでそんなに今日甘いんですか、恥ずかしくて耐えられません。もうちょっと厳しくても良いです」


「今日言わないでおいていつ言うんだ、俺も今日だから気にせず言えるんだから。たまには珍しい俺でも見てろ」


「はい……恥ずかしい、ちょっと顔戻るまで家出るの待ってください」


そう言いながら二人で家を出てレストランに向かった。

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