第35話

ある日の夜奏斗は「林と飲みに行ってくる」と言って家を出た。


一人だとさみしいな、なんて思いながらいつもは二人で見ているはずのテレビを付けてその帰りを待った。


途中からはそれも退屈が過ぎたので諦めて、奏斗さんが帰ってきたときのために、と思って普段できないような時間のかかる美容にいそしんだ。


いつだって可愛いと思ってほしい、結婚してから女に見えなくなったとか思われたくない。絶対綺麗なままでいる。と決心を固めて奏斗が帰ってくるまでの時間を過ごした。




一方奏斗の方はと言えば、酒が入ってからはいつも通りに散々自分の彼女のかわいさについて惚気ていた。


「……で陽向が家族にも気に入られてさあ、やっぱり陽向は人たらしなんだよ。全くなんで俺のところなんかに来てくれたんだか。それで帰り道も帰ってからも緊張が解けてすぐ寝て起きないし、ベッドで寝ながら俺のこと探してるし。それがまた可愛くてたまんなくてさぁ、しかも俺がベッドに入ったら俺のところに来るしそれもまた可愛いんだよ幸せそうな顔してて」


「全く岩崎はなんでそれを本人に言わないで全部俺に言うかねえ、大体俺は彼女じゃないんだけど。少しは本人に言ってやりなよ。どうせ彼女にはまともに伝えてないんだろうお前」


「五歳も下の彼女にこんなところ見せてられるか、俺にもプライドの一つや二つはあるんだよ。お前だって彼女には言えないようなことも俺に多少は言ってるだろ。いいから聞いてろ。あとこの話陽向に流したら許さないからな」


「はいはい、話さないよ。大体彼女俺からは聞かないって言ってたし。本当にあの子いい子だよなあ、俺に彼女がいなかったら一考の余地ありだったな」


「……いつそんな話陽向としたんだ、聞いてないぞ俺は。それに陽向もそれをごまかせるタイプじゃない。どこで話した、そんなこと。……それにお前でも陽向は譲れないぞ」


「そんなこと気にしないの、彼女が本人から聞くから良いって断ったんだからそれ以上話してないよ。ていうか俺にもかわいい彼女いますからね? 冗談に決まってるだろ、今の話こそお前がばらしたら下手すれば破局ものだ。……まあ、ここ最近誰かさんが部下に惚れっぱなしなせいで俺の話全くできてないけど」


「お前の話は彼女ができてから最近までずっと聞き続けたじゃないか、まだ話すことがあるのか」


「逆に聞くけど岩崎は本郷さんの話題は尽きるときが来ると思うわけ、これから付き合い重ねる中で」


その一言で奏斗は黙って降参の顔をした。林はため息をついていつもの酒に口を付けた。

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