第34話

「はああ緊張した、私大丈夫でしたか、変じゃなかったですかね、とりあえず良いって言ってくださいましたけど帰ってからやっぱりあの子じゃ駄目だって話になって電話とか来たらどうしたら、


「だーいーじょうぶだ、俺が言うから安心して聞け。母さんのあんなに嬉しそうな顔、俺は就職したときぶりに見たぞ、七年ぶりだ七年ぶり。


それに父さんまで調子に乗って陽向に酒勧めたんだ。今日は止めたが今度結婚した後にでも行ったときには好きに飲めば良い。次は俺が連れて帰ってやるし、俺が使ってた部屋でよければ使って良い。


あの兄貴ですら嬉しそうな顔してたの見てただろう。あいつ小さい頃から俺がかまわれてたら不機嫌な顔してたのに今回に関しては手放しで喜んでた。


認めないって言われたところでもう俺に結婚しない選択肢もないな、だから安心して俺の肩で寝とけ。緊張しただろ今日」


「緊張しまし、た、……そう言われると眠く……なってきた……」


緊張が解けた陽向はそのまま奏斗の肩に頭を預けてすやすやと寝始めた。その素直さにまた可愛いなこいつは、と思いながらその口の開いた寝顔の写真を一枚だけ撮って東京に着くのを待った。


家に帰ってきた陽向はまた一段と緊張が解けたようで、そのままベッドに沈んで寝始めた。「……おい陽向、明日日曜だからいいけど女はメイク落としとかあるだろ」と声をかけるも、陽向の眠りはあの最初の飲み会の時から変わらず深かった。


どうも陽向の眠りの深さは酒のせいでなくとも人よりずっと深いらしい。二人で住み始めて気付いたことだった。


ため息をついた奏斗は洗面台の鏡の横をあさってメイク落としを出してきた。


ゆっくり彼女が起きないようにメイクを落として、そのシートに色がつかなくなるまでそれを繰り返した。マスカラの繊維が付いてきて女は何を目につけてるんだ、と戦いたがそれでも最後までやり終えた。


新しいパジャマを出してきて起き上がらせても寝たままの陽向を着替えさせて、自分もシャワーを浴びてから寝室に戻ってきた。


陽向の横のいつも自分が寝ているところを陽向が寝たままコロコロとしているのを見て、自分を探しているのかと思うとまた愛おしく思った。


布団に潜り込むとその腕の中にすっぽりと陽向が入り込んできて、小さい寝言で「かなとさん、」とだけ言ってニコニコしながら幸せそうにまた眠りに落ちていった。


ーーああ全くこいつはだから可愛い。


その笑顔を見てシャッター音の鳴らないカメラでもう一枚だけ陽向を撮ってから彼女を抱きしめて眠りについた。

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