第31話

「今俺の一世一代の言葉を聞き逃したか陽向」


「聞き逃してません、しかとこの耳に入れました。でも、でも一昨日指輪もらったばっかりだし」


「それもそうだな、俺も気が早かった。じゃあまたの機会にするとしよう。ただ俺の実家は埼玉だが陽向の実家は確か長野だろう、早いところ婚約してるのは伝えに行った方が良いんじゃないか」


「そっか、婚約してるの知らなくていきなり結婚とか言われたらびっくりするか……ちょっと浮かれちゃ、いった!」


「おい、指切ってる。今のは俺が悪かったから手当てするぞ、水で流すから多少痛いのは覚悟しろ」


「はい……いったーーい! 痛い痛い無理無理もうストップ奏斗さんもういいこの世の雑菌は全てこの手から消え去ったからもういいです、止めて止めてストップ助けて」


「分かった分かった暴れるな。絆創膏持ってくるから手高く上げて待ってろ」


「ごめんなさい奏斗さん……」


「謝るのはこっちだ、包丁持たせてるときに気の逸れる話したのが悪かった。後で夕飯ができてからゆっくり話せばいい、焦るもんでもなかった。……よし、一応これで我慢だ、悪かったな」


「奏斗さんが手当てしてくれたからもう大丈夫です、野菜汚れちゃったから洗わなきゃ」


「いい、怪我させたんだからこれ以上は俺が心配だし傷だって痛むだろう、ゆっくり飲みながら待ってろ」


結局その日の夕飯は殆ど手伝わずにできあがった男飯を二人で食らった。



「うちの家族は結婚なんて言ったら大喜びだと思いますよ、それも私が入れると思ってなかったような大企業の先輩で上司なんて言ったら近所中にニュースが流れるかも」


「そんなに田舎の方に入ってるのか、それは就職したとき親御さんも喜んだだろ」


「とっても。私が信じられなかったから、何度も何度も電話して確認してもらって。田舎から出てやるとは思ってたけどまさか東京勤務になるなんて思いもしてなくて、研修の時は人酔いするくらいでいたから本社勤務って言われて血の気が引いて」


「まあ本社勤務になるかどうかは新卒のうちは運としか言い様がないからな、でももう陽向は十分働けるしこのまましばらくは本社勤務なんじゃないか、結果も出てるし」


「えっほんとですか、嬉しいそれ岩崎先輩込みの意見ですか」


「そうだな、陽向は十分よくやってるし後輩教育も上手いし、俺のフォローもできるし。十分すぎるほど頑張ったんじゃないか」


「嬉しい、鬼ってもう言えなくなっちゃうくらい嬉しい、私追いつけましたかね」


「さあ? それは彼氏の立場からは発言はできないな、俺だと贔屓目も入るだろうしもっと上に見てもらうとしたもんだ」


「贔屓目で見てもらえるくらいってことなら十分嬉しいです。奏斗さんに大事にされてるの感じます。それに、私そうじゃなくっても、奏斗さんのところで頑張ったから成長できたんだと思います」


「それなら絞った甲斐があったな、俺もついてきてくれる後輩ができてくれたおかげで助かったしこれ以上ない言葉だ。部下としても、婚約者としても」


二人とも幸せこの上ない顔で食事を終えて、傷が開くからと皿洗いまでやりきった奏斗に甘えて二人で晩酌をしてから眠りについた。

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