第30話
その日の仕事を終えて自宅に帰ってきて早々に、「林になんか言われなかったか」と仏頂面で奏斗から聞かれた。
奏斗さんから何かあったら頼むからって言われて連絡先交換しただけですよ、と答えておく。
取り繕うのは苦手な自覚があるので、こういうときは余計なことを言うとぼろが出る。何も言わないのが吉だ。
それ以上何も言わなかった陽向を見て、それならいい、と言って奏斗は冷蔵庫から出したビールを開けた。
「うえ、なんでそんなにまずい汁を仕事終わりに飲もうって気持ちになるんですか、飲む人の気が知れない。奏斗さんの気も知れない」
「うっせ、好きで飲んでるんだからほっとけ。今日くらい飲みながらでよかったら俺が適当に飯作るからその袋も置いてソファーで待ってろ。
今日なんやかんや言われて疲れただろ陽向。あんだけ囲まれて芸能人でもあるまいし。あるもんでいいか、陽向もよかったらチューハイでも開けてろ」
と言って同じく冷蔵庫の中からいつものチューハイを出してくれたので、その優しさにおとなしく甘えてソファーに座ってそれを飲み始める。
適当にテレビのチャンネルをいじってみても、いつも見ているはずの番組に全く興味が出ない。
ソファーに座っているとキッチンが、そこにいる奏斗が見えないのが少しさみしい気がして、いつも奏斗が座ってご飯を作るのを待っている椅子に移る。
「どうしたんだ、珍しく陽向もこっちに来るなんて。テレビ何もやってなかったか?」
「ちが、違って、テレビはいつものやってたんですけど興味でなくって。……多分ですけど一人だからかなって。なんかキッチンの方の奏斗さんが見えないのがさみしくて」
「やっと俺の気持ちが分かったか、じゃあついでにそこで野菜切ってくれ」
「え、……はーい」
奏斗さん、私がいないのがさみしくっていつもここに座ってたんだ。ちょっとかわいいし本当に林さんとお酒飲んだとき惚気てたりとか、したのかもしれない。
この人実はもっともっと甘いのかな。あんまり見せてくれないけどこういう時にさらっと言われたりするんだよな、もうちょっと見たくなっちゃう。
「何にやついてるんだ」
「なんかこうやって一緒に帰ってきて料理してるの、新婚の夫婦みたいだなって思って」
いつも通りの盛大なため息を聞いてまた少し嬉しい気持ちになった。最近分かったが、このため息は奏斗さんなりの最大級の照れだ。
その上機嫌な陽向の様子を見てまた奏斗も嬉しそうな顔をして言った。
「……なるか、夫婦」
「……え?」
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