第29話

その日の昼休み、林先輩から声をかけられた。


「本郷さんご婚約おめでとう。あ、俺冷やかしとかじゃなくて俺付き合ったときから岩崎にそれ聞いてたからそこは安心して。俺は飲み会でかばうくらいならさっさと言っちゃえ派だったから、やっとばらしたかって感じだったけど。飲み会の爆弾がなかったらいつ言うつもりだったんだか」


「あ、ありがとうございます……」


「それでなんだけど、あいつから俺がいないときに本郷さんに何かあったら頼むって言われてるから、連絡先だけ交換してもらって良い?」


「あ、はい、分かりました。ちょっと待ってください」


連絡先を交換しながら林先輩が聞いてきた。


「俺同期の中ではあいつと一番気の合うタイプだから何かあったら相談してくれて良いよ、喧嘩とかでもなんでも。ほらあっち見てみな。岩崎のあの顔、不機嫌じゃないって分かるでしょ」


新卒の頃ならどう見ても不機嫌にしか見えなかったその顔は、今になれば分かる通常運転の顔だった。なんならちょっと安心しながら仕事してるときの顔だ。

上手く進んでるんだろうな。少なくとも自分と林さんが話してるのに怒ってはいなさそう。


「あ、ほんとだ、じゃなくてそうですね、お二人仲いいんですね」


「まあ岩崎もそう思ってくれてるって思っていい程度には、かな。……でこれは岩崎には言わないで欲しいんだけど」


声を小さくした林先輩が顔を寄せて聞いてきた。


「俺と飲みに行った日に散々惚気てた誰かさんの動画とか、欲しい?」


どうやらこの仲良しな林さんはちょっぴりいたずらっ子らしい。自分の話を外でされているなんて、とても気になるところだったが、それでも。


「いいです、私岩崎さんからちゃんと大事にしてもらってますし、直接じゃないところで私が聞くのはフェアじゃないって言うか」


「……やっぱり聞かされてた通りいい子だわ本郷さん。岩崎が惚れたわけが分かるよ。じゃ、今の話はなかったことに」


そう言って林先輩は颯爽と自分の席に戻っていった。


……今もしかして私テストされてたか? で一応合格もらったか? 奏斗さんが惚気てるなんてそんなの嬉しいでしかないけど。もしかして、今聞いてたら彼女として不合格判定されてたのか。


”言っとくけどあいつの方が容赦ないぞ”と昔奏斗に言われたことを思い出して少し肝が冷えた。


まあいっか、合格なら。大事なお友達に認めてもらえたわけだし。


陽向は自分の席に戻って仕事を始めたが、その視界に映る薬指の指輪ににやついているのを見た隣からお叱りが飛んできて慌てて切り替えた。

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