第22話
家に帰ればその鬼の面影がないくらいに奏斗は優しかった。
「え、え、ちょっと待って奏斗さん、すごい焦げた匂いするんだけど助けて早くヘルプ手が空かない早く来なかったら今日の夕ご飯が丸焦げになる、早く魚どうにかして」
「落ち着け落ち着け、語彙を使い果たすな。魚だな、魚焼き器開けるからちょっとよけろ、……ああこれはもう手遅れだな」
「ええごめんなさい奏斗さん私もう一回魚買ってく「いいいい、焦げたところなんざ剥がして食べれば味は変わらん、せっかく仕事終わりに陽向が作ってくれたんだからそのまま食べるとしたもんじゃないか」
「やだやだ奏斗さんにまずいご飯なんて食べさせられない、忙しいんだからせめてご飯だけでも美味しいもの食べて欲しい。だからお願い、買いに行かせてください。大体私も一人暮らししてたのに何で私が料理する日だけ火加減強くなるの、私前世でこの魚焼き器に何かしたのかな」
「買ってこなくていい、そのままでいいって言ってるんだ。作ってもらっただけで十分だからいい、腹に入れば同じだ。それに俺が作るより美味いのは確実だ」
言い方と表情こそ仕事のままだったが言葉はずっと優しかった。
そしてそのまま甘やかされて陽向は何度も魚を焦がしカレーを焦がしその度に焦げたところを奏斗が自分でさらって食べた。
それを止めようとしても奏斗は聞かなかった。
「ねえお願いだから、せめて焦げの多いところは私に食べさせて。作ってしまった者としての責任があるから。ねえ、そのお皿こっちに渡して」
「いい、俺が食べたくて食べてるんだから食わせろ。人の皿取るな、もう手つけてあるんだからこれ」
「……分かった、もう私弱火しか使わないから次からは期待してて」
「陽向覚え悪かっただろ、常務の名前も社長の名前も知らなかったし仕事のやり方も取引先の人の名前も全部手帳にメモってたし。俺は次も陽向が焦がす方に賭けるな」
「分かった、じゃあもうコンロの目の前に付箋貼る。仕事スタイルでやればいいんだ。それなら私もできるようになる」
「陽向のなんて付箋じゃなくてA4の紙だろ、火事になったらどうすんだ。そっちの方がよっぽど大惨事だぞ、やめとけ。それにこれも十分美味いからいい」
「うう奏斗さん仕事の時みたいに怒って、甘やかさないで」
「今甘やかさなくていつ甘やかすっていうんだ、良いから食わせろ」
その優しさに絆されて結局同棲を始めてからしばらくの間は週に一度は焦げたものを食べる生活が続いていた。
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