第20話

二ヶ月しない間に二人とも仕事中に公私混同をしないことだけは決めて帰る場所を同じにした。


ペアで仕事をしている分、二人の帰りはほぼ同時になる。ただまだ部署の中に伝える必要はないだろうとのことで、二人で仕事場を出てしばらく歩いた先で落ち合って二人で買い物をしてから帰るようになっていた。買った荷物は必ず奏斗が持ってくれていて、空いた手を繋いで奏斗のポケットに突っ込んで二人で家に帰った。


仕事では相変わらずやり手で、新しく入ってきた新人を辞めさせる勢いのある鬼のような奏斗だったが、辞めてしまう前に陽向が必ずそれを見つけてフォローして食い止めていた。そういった面では二人の相性は最高だった。


そして鬼はプライベートになると人の子に変わることも知った。家での奏斗は本当に自分が見てきたあの鬼のような上司だったのかと疑うほどに優しく甘かった。


料理をしている陽向の横で椅子に座って、かまって欲しそうに見ている奏斗が、本物の奏斗なのかと陽向はしばらく疑心暗鬼だった。


「奏斗さん、ちょっと頼むから一回仕事モード入れて」


「何でだよ、嫌だよ家まであれでいるの。今の俺よりもあっちの方が好きだとか言われたらさすがに怒るぞ。日中あんだけ仕事してるんだから、家にいるときくらい癒やされたいんだよ。大体あんだけ厳しくしてるのだって結構神経使うんだぞ? 


二人も自主退職させたことだってかなり責任を感じてる、ああやらないと俺のところを離れたときに部下が折れるのが怖かったんだ。


だからいくら厳しくしても部下の体調の変化には気を遣うし、陽向みたいな骨のあるやつが来てくれてやっと自分の仕事ができるようになったんだ。だから俺は家ではこのままでいたいんだが」


「でもあの鬼だったと思えなくて、なんかギャップがすごくてどうしても疑っちゃうから。お願いします、一言だけでいいから」


「明日の仕事覚悟してろよお前、倍になると思え」


「ああ、ちゃんと岩崎先輩だ。でも公私混同はしないんですもんね、せーんぱい」


そう言うとまたむすっとした顔に戻って陽向が料理するのを眺めはじめた。


どうやらこの威圧感のある表情は元からのもののようで、自分の仕事が評価されて嬉しいときでさえ殆ど奏斗は表情を変えなかった。そしてその変化が分かるのは同僚の中でもほんの一部と陽向だけだった。


早くご飯食べたいんだろうな、おなか空いたときの顔してる。この顔はちょっとかわいい。おなか空いたときの顔なんて赤ちゃんみたい、かわいい。


そんなレベルまで分かるのはさすがに陽向だけだった。

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