第18話

一度意識してしまえば、今度はそこから仕事が上手く進まなくなった。


「おい、おい本郷、明日の資料どうなってる」


「……あ、すみません、まだだったのでこれから「ならいい、俺がやるからよこせ、そっちの方が早い」


つかれたため息に涙が出そうになった。自分が最近やっと自覚した好意が、私と相手との接点までもなくそうとしている。

せめて私は使える部下じゃないといけないのに。それだけしか私にはないのに。


頬を両手で叩いて気を取り直してどうにか終わらせた仕事は及第点で、なんとかお褒めの言葉もいただけた。ただ純粋に嬉しかっただけのはずのそれが前よりももっと嬉しいものになっていた。ああ、やっぱり私この人に褒められるのが何より嬉しい。だから仕事もっと頑張りたい。


それからは自分の気持ちは仕事中はしまっておいて、仕事に徹するようになった。

この気持ちは大切にしたいけど仕事には必要ない。仕事がこの気持ちを邪魔しちゃいけないし、逆はもっと嫌だ。


そう思って仕事に打ち込んで、やっと自分の仕事に自信が持てるようになった。自分の仕事に対するプライドもやっと自覚できた。


そして、その気持ちを告げることを決意した。


それを言うのはあの気の迷いから半年ぶりだ。緊張する、だって今回はもう気の迷いじゃなくって本気なんだから。それに気付いちゃったんだから。


もう季節も冬になっていた。仕事終わりに少し話があると言って会社から最寄りの駅前のカフェに彼を呼び出した。


話そうと思ってみても人の目があると思うとどうにも言葉が出てこない。ずっとドキドキしっぱなしなのに言葉は全然出てこない。結局当たり障りのない仕事の相談だけしてカフェを出た。


違う、言いたいのはこんなことじゃない。私、今日を逃したらこれからも言えないかもしれない。だから何としても今日、今勇気を出さなきゃいけない。

そう決心して、カフェを出た当たりであの日のように、今度はコートの裾を引っ張っていった。


「私、岩崎さんが好きです。上司として、先輩としてももちろん尊敬してます。育てて頂いた恩も感じてます。……でもそれ以上に人として、男性として好きです。仕事に支障は出しません、考えて頂けませんか」


「……分かった、お前の仕事ぶりは十分認めてるし支障を出さないだろうことも分かってる。ただ時間はくれ、俺もずっと部下として見てきた人間のことだ、しばらく考えたい」



「はい、分かってます。待ってるし、駄目ならもうそれでいいです。どんな手を使ってでも追いかけて絶対に振り向かせます」


「……お前のそういうところに多分俺は絆されるよ、精々期待して待ってろ」そう言って岩崎は陽向の頭をクシャリと撫でて歩いて行った。


言えたことが、その言葉が、あっちから初めて触れられたことが嬉しくてその日は顔を赤くして帰った。

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