第17話
それから陽向は前にも増して仕事に打ち込むようになっていたし、その仕事の処理速度は同じ部署の先輩を抜いていることもままあった。
もっとも陽向はそれに気付いていなかった。
「おい本郷来週のプレゼン資料「もう終わらせて岩崎さんの机の上に置いてあります」
「おい本郷今日使う資料は「それは付箋付けて印して岩崎さんの机の上に置いてあります。岩崎さんまずは自分の机くらいチェックしてから聞いてください」
「ったくおまえも言うようになりやがって……で明日の営業先に送る資料は?」
「あっやっばやってない、まってこれからやる……やりますちょっと待ってください」
「あーあーやっぱり俺に追いつくには先が長いな、前も言ったが定年までは待っててやるよ」
「ああもうもっと優しい上司がよかった……」
「おい誰がここまで育ててやったと思ってるんだ「両親に育ててはもらいましたけど、私人の子なので鬼の成分は残念ながら入ってませんね。だから残念なことに岩崎さんに育てられた覚えもありません」
「口ばっかり達者になりやがって……」
軽口を叩いていても陽向は奏斗を尊敬していた。二人は抜群のコンビになっていた。これまで補佐役がいなかったために捌ききれなくて岩崎が取らなかった仕事も、陽向が捌ききるようになってからは力を存分に発揮して新規の顧客を獲得しまくっていた。陽向は異例のペースで出世株に入り営業部は過去最高の数字を叩きだした。
「本郷、最近はよくやってるよ、認めてやる。よくやったよ」
「なんでこんな時まで上から目線なんですか、いらつく。もうちょっとくらい優しくできないんですか」
「分かったわーかったよ、よくやった。偉いな、よく頑張った」
そう素直に褒められてしまえば今度は困るのは陽向の方で、超えたいと思える先輩から純粋に褒められていることに顔を赤くしてしまった。
「そんな顔すんな、俺は女として褒めたわけじゃない。今部下として褒めたんだ。勘違いするなよ。……まあ今日は時間もあるし、その顔がまともになったら戻ってこい。それでもっと働け」
そんな顔ってどんな顔、そう思ってスマホの画面で見た顔は真っ赤で溶けたような目で自分でも驚いた。完全に”女の顔”そのものだった。
私、こんな顔して岩崎さんのこと見てたの。こんな顔するような程嬉しかったの。……嬉し、かったんだ。嬉しかった。そうだ、すごく嬉しかった。
そう一度思ってしまうと岩崎さんのかっこよかったところばかりを、自分に優しくしてくれた事ばかりを思い出してまた心が跳ねる。あの時も、あの時も助けてくれた。傍にいてくれた。守ってくれた。プライベートに一歩踏み込めば更に優しかった。私は何度も守られた。優しくされた。あの人はかっこいいんだ。優しいんだ。
きっと、仕事の時もずっと見ていてくれてたんだ。
もう、もしかしてじゃない。もう認めるしかない。もう気の迷いじゃない。これは上司に対するただの尊敬じゃない。
はっきり今自覚した。
ーー私はあの鬼が好きだ。岩崎さんのことが、上司としてだけじゃなく男の人として好きなんだ。あの人の隣にいたいんだ。あの人に、愛されたいんだ。
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