第14話
……いや、もう私酔ってないです。私やっぱり岩崎さんのこと好きです。絶対に仕事で追い越しますし振り向かせてみせますから……
……え?
「キャーーーーーー?!」
陽向は叫び声とともに目を覚ました。起きてもまだ鼓動がバクバクいっている。そういえば今の叫び声は隣に聞こえていないだろうか、聞こえていたら朝も八時から殺人現場を見たような叫び声を聞かせてしまったことになる。さすがに私も日曜の朝からそんなの聞きたくない。
申し訳ないと思いながら自分が昨日言ったことを思い出して、陽向は枕に顔を埋めてもう一度叫んだ。
私告白した、あの鬼上司に?! しかも二回、あのやり手に仕事で超すとまで大見得切った。もう終わりだ、仕事に出て合わせられる顔がどこにもない。
まだまだペーペーな私があの異例の出世株と言われていたらしい上司に、今もまだもらった仕事をなんとかやりきっているような私があの上司に超えるとか言った。
これに関してはさすがに三度目を言う前に止めてくれたあの上司に感謝だ。もう一度言っていたら確実に会社には行けなくなるし金曜日に上司に連れ帰られた部下が月曜日に出てこないとなればさすがに何かを考えられてもおかしくない。そんなの耐えられない、あの鬼と何かあったなんてさすがに考えられてたまるか。常務よりマシなだけだ。……大体私なんで告白したんだ、やっぱり酒のせいか? まあ酒のせいだな。そうであれ。
明日会社……行くしかないか、休むのはなしだ。まだ頭は多少痛いけどそれも明日にはどうにかなるはずだ。
悪かった、辞めるなとまで言ってくれた上司がいるし、仕事でいつか、今すぐはどう考えても無理だがいつか追い越したいことに変わりはない。
恋愛感情なんて気のせいだ。きっと、いや必ず気のせいで気の迷いだ。とんでもない気の迷いだ。人生で一番の気の迷いだ。
大体何でそんなことになったんだ。……きっと酒の席で少し助けられてちょっといつもとの差にドキッとして、その上プライベートに踏み込んだから混乱して口をついて出たんだ。きっとそう、絶対そう。
でも助けてくれたのが嬉しかったのは間違いじゃないし、あの広い背中が頼もしいと思ったことに変わりは……私あの上司の背中借りた?! その背中で泣いた?! あんなにべちゃべちゃな顔で?! そのワイシャツ化粧でドロドロにした?!
自分のやらかしたことを次々思い出しては、枕に向かって叫んでなかったことにしようとする。でもなかったことにはならない。叫べば叫ぶほどやらかしたことが現実味を帯びていく。
どうしよう。そうだきっとお酒のせいで気の迷いだ。だって岩崎さんもそう言ってくれた、そう思っておいてくれるはずだ。お酒もかなり飲んでたらしいし、もしかしたら忘れてくれるかもしれない。
そうであってくれ、全部忘れていつも通りの鬼であって、……ちょっと優しくなってくれても良いけど、このタイミングじゃなくて良いから鬼であって欲しい。
少しでもぎこちなくなったら私あの職場にいられる場所なんてない。頼むから、どこのどんな神でもいいからとりあえずあの上司から全ての記憶を消してくれ。助けてくれたらキリスト教徒にでも尼さんにでも何でもなってやる。だから頼む。
陽向はそのむなしい祈りに一日を捧げた。
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