第11話

目が覚めるとそこにあったのは自分の知らない天上だった。見回してみても知らない部屋に知らない家具。


え、ここどこ。……ていうか私下着姿、なんで、そういえば昨日の飲み会から記憶ない、わたしどうやってここまで来たんだろう。どこかも知らないけど。


……そういえば常務がセクハラ常習犯だとあの鬼から聞いた気がする。



サーッと頭から血の気が引いていった。最悪の事態になったんじゃないだろうか。……ここが常務の家だったら。少なくとも今隣に誰も寝ていないことだけが救いだ。


陽向はベッドの下に落ちている洋服をかき集めて着てから部屋をもう一度見回した。少なくとも自分のもの以外に衣服は落ちていない。私が勝手に脱いだんであってくれ、それも嫌だけどせめてそうであってくれ。


あれだけ上司に言われておいて常務に持ち帰られましたなんて言ったらせっかく自分の酒をひったくってくれた岩崎に申し訳が立たない。

どれだけの罵声を浴びせられるか分かったもんでもない。




でも、それだけではない気もする。もちろんあんなおっさんの家に連れ込まれては嫌だ、絶対に嫌だ。気持ち悪くて想像だけでも鳥肌が立つ。

でもそれを上司に、岩崎に知られたらもっと嫌だ。


何でかは分からない。でも普通に嫌かそんなの想像されたら。でも何か違う気もする。なにかもっと嫌な気分になるようなことがある気がする。




その考えがまとまる前に部屋の外から音がしてビクッと震えた。その相手がせめて常務じゃなくて岩崎主任なら、……ん? なんで今私岩崎さん思い出した? 他にもっと優しそうな人も女の人もいるはずなのに。



そう思っている間に部屋のドアが軽くノックされた。服はきちんと着ているしベッドも一応整えた。どうか、どうかせめて常務じゃない人間であってくれと思いながらハイと返事をした。



「入っていいか」そう聞いてきたのは聞き慣れた声だった。そしてそれになぜか少し安心した。


「大丈夫です」そういうとドアがゆっくりと開いた。そこにいたのは昨日の姿のままの岩崎だった。


そして次の瞬間、これまで聞いたことのないような罵倒が飛んできた。




「本郷お前昨日何したか覚えてんのか、上司の俺にお前のところに飛んでくる酒全部捌かせた上にお前は甘い酒いくつも飲んで寝てやがる、


飲み過ぎるなって言っただろうがお前の耳は聞こえないのか。言っとくけど俺はお前に指一本触れてないが、昨日お前を真っ先に連れて帰るって言ったのは常務だったぞ。


そのままいけばお前は今頃常務の隣でおねんねだ、そうしたらせっかく育ててやった俺の努力が水の泡だ。何考えてるんだこの野郎、


大体タクシー乗せたときに住所聞いたら一回起きたのにまたすぐに寝やがった、それでここに連れてくるしかなかったんだぞ。


飲み過ぎるなとか言う六文字の言葉ですら頭に入らないならさっさと辞めちまえ、常務に喰われて辞めるよりかはまだマシだ」




耳が痛い、でも何も言い返せない。私はこの人に助けられて怒られてそれは当たり前のことで、でもせっかく必死に食らいついてきた仕事を辞めてしまえとさえ言われた。



悔しい、悔しい、悔しい。情けない、岩崎さんの言うことが全部正しい。全部全部正しくて反論の余地なんて一ミリもない。


もしかしたら、この人に助けられなかったら私は本当に常務の隣にいる羽目になったかもしれない。悔しい、それでもなぜか安心してしまう自分がいるのも情けない。自分の面倒すら自分で見ることもできない。自分のことですらできないなんて子どものままじゃないか。二十歳を超えておいてこんなざまなんて。


そう思うと涙が出てきた。私が全部悪い、泣くなんて許されるわけがない、だって悪いのは私なのは間違いない。泣くな、止まれ、止まれ。早く止まれ、また怒られる。怒ることさえしてもらえなくなるかもしれない。「女は泣けば良いからいいよな」と思われるのは絶対に嫌だ。そんなことのために女に生まれてきたんじゃない。


何でこんな時ばっかり止まらない、こんな嫌いなはずの上司の前でなんか絶対泣きたくないのに。



泣いている陽向に岩崎は何も言わなかった。少し顔を上げて見れば少し申し訳なさそうな、自分の言ったことを悔いているような表情をしていてそれがまた悔しかった。

泣いちゃいけない、止まれよ、この人に申し訳ない気持ちさせる権利なんて私にはないんだよ、早く止まれ。


どれだけ思っても涙は止まらなかった。

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