第9話

ある日の飲み会に誘われた陽向は断る術もなく先輩や上司達に引き連れられて居酒屋に入った。


大所帯で来た陽向達は奥の座敷の部屋に通された。


確かこういうときはとりあえずビールだ、男だらけの飲み会で「私はとりあえずカシオレでお願いしまぁす」なんて言った日には次の日からなんて言われたか分かったもんじゃない。


まだ岩崎主任以外の先輩とまともに話して自分がどんな人間か知られてさえいないんだ。こんなところで「これだから女は」を食らったらやっていられない。


大体私のことを知っている岩崎先輩にだってそんな頼み方をしたら怒られる、絶対に睨まれる。それだけは嫌だ、飲みの席でまで睨まれるのなんて嫌だ。


その時陽向が他部署の先輩からも一目置かれていたことなど知る訳もなかった。



「私もビールお願いします!」と言うとおじさん達はよくやるなあ最近の若い子は、と嬉しそうにしていて、これは当たりだったと少し安心する。


すぐに届いた全員分のビールを乾杯して一口飲んだ。


うっわ、苦い。私にはやっぱりビールは早い、仕事終わりにこんなに苦い汁を飲もうだなんて言うやつの気が知れない。なんでこんなの飲んで気持ちよさそうにしてるんだこのおっさん達は。これ以上飲みたくない。でもこれさすがに残すわけにもいかない。さっき頼んでよくやると言われたばかりなのにこれを残したら格好が付かない。


その顔をまともに見られていたのか、岩崎が陽向からジョッキをひったくって近くで言った。




「お前そんな顔してるってことはビール飲めないんだろ、好きなもん適当に飲んでろ。これ口付けてないところからでよかったら俺が飲んでやる。


どうせお前この口紅の跡ついたとこからしか飲んでないだろ。嫌なら良いがどうせお前のことだから残すのも嫌なんだろう。


……それから常務には気をつけろ、あいつはセクハラ常習犯のおっさんだ。近づくな、トイレ行く時あいつが近づいてきたら気をつけろ。絶対に拒否しろ、触らせるな。


なんなら適当に理由つけて俺を呼べ。それからできるだけ飲み過ぎるな、それでできるだけ俺の傍にいろ。俺がお前に酌させてる体にしていいから他のやつのところには回らなくていい。ここでそれなりにやってるフリして好きに飲んでろ」



その初めての距離感に心が一瞬跳ねた。


やだ、こんな鬼みたいな上司のくせにかっこいいなんて。私のこと見てくれた上に助けてくれようとしてるなんて。


……いや、かっこいいなんて気のせいだ気のせい。アルコールがさっきの一口で回っただけだ。さっきの一口で酔ったんだきっと。それに疲れもきてるからだ。



そう思って次こそ自分の飲んでみたいお酒を選ぶ。



届いたお酒は甘くてさっきのビールとは比べものにならないくらい美味しかった。

絶対こっちの方が甘くって美味しいのに。何で皆あんなにまずい汁飲んでるんだろう。しかも疲れてる時に。仕事終わりで癒やされたいときに。


そう思いながらそれを気に入って同じものを三杯頼んだ。ただでさえ顔覚えも悪く、仕事もメモにびっしり書いてなんとか頭に叩き込んでいた陽向の脳内から、”飲み過ぎるな”と言う言葉はさっさともうどこかに行っていた。


そして案の定陽向はカクテルに酔って、潰れた。

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